目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ep.5 偽りの王


「そうなりますね。他の月よりも、貴女に早く会うことができましたから」


「他の月?」


「おそらく、どの扉も異なる月の元へ繋がっていたはずです。今回は俺が選ばれたので、しばらくの間は残りの扉が開くことはないと思います。一度に繋げるのは、リスクも大きくなってしまいますので」


 あの扉はどれも、月を冠するものの空間に繋がっていたらしい。

 朧月はそれを分かった上で、三日月のいる扉に導いたのだろう。


「朧月とは仲が良いの?」


「仲が良い……のでしょうか。同じあるじにお仕えしてから永いですし、互いのことを理解しているという意味では良いのかもしれません」


「そっか。だから三日月を選んだのかな」


「それは違うと思います」


 三日月からきっぱりとした否定が返ってくる。


「朧月は月の中でもかなりの策士です。俺を選んだ方が、他よりも利になる点があったのかと」


 あの、白くて儚くて優しそうな見た目の朧月が策士……。

 神も人も、見かけにはよらないものだ。


「それで、先ほど話していた『死界にいない理由』についてですが」


「あ、うん。お願いします」


 自然と砕けていた口調。

 咄嗟に言葉遣いを戻すと、何故か三日月の表情が残念そうになっていく。


「よろしければ、先ほどのように話していただけないでしょうか。その方が……身近に感じられるので」


「分かった」


 恥ずかしそうに目を逸らす三日月に、速攻で肯定を返す。

 正直、この顔にお願いされて断るのは不可能に近いだろう。

 三日月は嬉しそうな空気を漂わせながら、先ほどの問いかけについて答えてくれる。


「俺たちの役目は、ことです。決して手中に収まらず、時が来るまで隠しておく。独自の空間を探し出すのは、上位の神でも至難しなんわざですから。やつらはかなり苦労するでしょうね」


「そのやつらって、いったい誰のこと?」


 死界にいない理由は、視つからないようにするため。

 死神王の側近であり、王に次ぐ力を持つ存在かれらが、そこまでしなければならない相手がいるとしたら──。


「死神王」


 ドクリと、心臓が大きく鼓動を打つ。


「俺たちを手に入れることで、死界の全てを掌握したいのでしょう。しかし、アレは本来──玉座にいるべき神ではありません」


 夏の風を冷たく感じるのは、ここが山の中だからだろうか。


「でも、三日月たちは死神王の側近なんだよね?」


 前に上司が言っていた。

 月を冠するものは、かつて死神王が迎え入れた側近たちだと。

 そんな存在が、なぜ王に牙をくのか。


「死界には唯一神が存在します。自然発生した魔界とは違い、神が創り出した世界こそが死界と天界だからです。しかしあの日、とある愚神の行いにより、死界の多くは形を変えることとなりました」


 緊張と予感に、呼吸が浅くなっていくのを感じる。


「今の死界にいる王は、本来のおうではありません。下劣な真似で玉座を簒奪さんだつしたあの愚神を……宝月俺たちは絶対に許さない」


 あらゆる感情を煮詰めて、凝縮したような声だった。

 全ての色を混ぜたら黒に変わるように。

 混ぜて混ぜて、それをずっと押し込め続けてきたような声色こわいろ


 いつしかそれが深い闇に変わるまで、三日月たちは耐え続けてきたのだろう。


「むぐ」


 添えられていた茶菓子を摘むと、三日月の口元に押し当てていた。

 大人しく口を開いた三日月は、花の形をした練り切りをもぐもぐと食べている。


「美味しい?」


 唐突な行動に驚く三日月だったが、私の言葉にこくりと頷きを返してきた。


「美味しいなら大丈夫だよ。きっと、大丈夫」


 満月を亡くしてからの私は、モノクロの世界で味のない食べ物を噛んで飲んで。

 ただ生きるために、毎日何かを口に入れ続けていた。


 突然やってきた上司や霜月と出会い、色付いていく視界に気づいたあの日。

 霜月と飲んだ麦茶が本当に美味しくて。

 思えば、私の心はとうの昔に決まっていたのかもしれない。


「そうですね。俺はもう大丈夫です」


 美しく微笑んだ三日月は、何かを取り戻したかのような顔をしていた。

 しばらくこちらを見つめていた三日月だったが、ふと視線が茶菓子のある方へと向けられる。


「その……良ければもう一つ、いただけないでしょうか」


「いいよ」


 元はと言えば三日月のくれたものだし、好きにどうぞという気持ちを込めて押し出す。

 しかし、三日月が皿に手を伸ばす様子はない。


 訴えかけるような目の三日月と視線が合ったことで、私は再び茶菓子を摘むと、三日月の口元に向けて差し出していた。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?