「そうなりますね。他の月よりも、貴女に早く会うことができましたから」
「他の月?」
「おそらく、どの扉も異なる月の元へ繋がっていたはずです。今回は俺が選ばれたので、しばらくの間は残りの扉が開くことはないと思います。一度に繋げるのは、リスクも大きくなってしまいますので」
あの扉はどれも、月を冠するものの空間に繋がっていたらしい。
朧月はそれを分かった上で、三日月のいる扉に導いたのだろう。
「朧月とは仲が良いの?」
「仲が良い……のでしょうか。同じ
「そっか。だから三日月を選んだのかな」
「それは違うと思います」
三日月からきっぱりとした否定が返ってくる。
「朧月は月の中でもかなりの策士です。俺を選んだ方が、他よりも利になる点があったのかと」
あの、白くて儚くて優しそうな見た目の朧月が策士……。
神も人も、見かけにはよらないものだ。
「それで、先ほど話していた『死界にいない理由』についてですが」
「あ、うん。お願いします」
自然と砕けていた口調。
咄嗟に言葉遣いを戻すと、何故か三日月の表情が残念そうになっていく。
「よろしければ、先ほどのように話していただけないでしょうか。その方が……身近に感じられるので」
「分かった」
恥ずかしそうに目を逸らす三日月に、速攻で肯定を返す。
正直、この顔にお願いされて断るのは不可能に近いだろう。
三日月は嬉しそうな空気を漂わせながら、先ほどの問いかけについて答えてくれる。
「俺たちの役目は、
「そのやつらって、いったい誰のこと?」
死界にいない理由は、視つからないようにするため。
死神王の側近であり、王に次ぐ力を持つ
「死神王」
ドクリと、心臓が大きく鼓動を打つ。
「俺たちを手に入れることで、死界の全てを掌握したいのでしょう。しかし、アレは本来──玉座にいるべき神ではありません」
夏の風を冷たく感じるのは、ここが山の中だからだろうか。
「でも、三日月たちは死神王の側近なんだよね?」
前に上司が言っていた。
月を冠するものは、かつて死神王が迎え入れた側近たちだと。
そんな存在が、なぜ王に牙を
「死界には唯一神が存在します。自然発生した魔界とは違い、神が創り出した世界こそが死界と天界だからです。しかしあの日、とある愚神の行いにより、死界の多くは形を変えることとなりました」
緊張と予感に、呼吸が浅くなっていくのを感じる。
「今の死界にいる王は、本来の
あらゆる感情を煮詰めて、凝縮したような声だった。
全ての色を混ぜたら黒に変わるように。
混ぜて混ぜて、それをずっと押し込め続けてきたような
いつしかそれが深い闇に変わるまで、三日月たちは耐え続けてきたのだろう。
「むぐ」
添えられていた茶菓子を摘むと、三日月の口元に押し当てていた。
大人しく口を開いた三日月は、花の形をした練り切りをもぐもぐと食べている。
「美味しい?」
唐突な行動に驚く三日月だったが、私の言葉にこくりと頷きを返してきた。
「美味しいなら大丈夫だよ。きっと、大丈夫」
満月を亡くしてからの私は、モノクロの世界で味のない食べ物を噛んで飲んで。
ただ生きるために、毎日何かを口に入れ続けていた。
突然やってきた上司や霜月と出会い、色付いていく視界に気づいたあの日。
霜月と飲んだ麦茶が本当に美味しくて。
思えば、私の心はとうの昔に決まっていたのかもしれない。
「そうですね。俺はもう大丈夫です」
美しく微笑んだ三日月は、何かを取り戻したかのような顔をしていた。
しばらくこちらを見つめていた三日月だったが、ふと視線が茶菓子のある方へと向けられる。
「その……良ければもう一つ、いただけないでしょうか」
「いいよ」
元はと言えば三日月のくれたものだし、好きにどうぞという気持ちを込めて押し出す。
しかし、三日月が皿に手を伸ばす様子はない。
訴えかけるような目の三日月と視線が合ったことで、私は再び茶菓子を摘むと、三日月の口元に向けて差し出していた。