目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

ep.6 生まれた願望


 何というか……餌付け?


 茶菓子を食べる三日月から、嬉しそうな空気があふれている。

 試しに自分でも食べてみたが、なるほど。

 確かに絶品だった。


「綺麗な刀だね」


 月明かりに照らされ、縁側に横たわる刀。

 さやにより刀身は隠れているが、強い存在感を放つ刀に自然と目が吸い寄せられる。


「これは俺の死神之大鎌デスサイズです」


 この刀が死神之大鎌デスサイズ──?

 どこからどう見ても、刀の形をしている。

 三日月は刀を持ち上げると、私の膝の上に置いてくれた。


「位の高い死神は、それぞれ専用の武器を持っています。俺の死神之大鎌デスサイズは刀の形をしていますが、他の死神であればまた別の形を取っているはずです」


 そう言えば、初めて死神之大鎌デスサイズを呼び出した日に、霜月も同じようなことを話していた。


死神之大鎌デスサイズは元々、持ち主に合わせて形を変える武器です。その死神の性質や能力、理想の形態を把握し変化しています」


「つまりこの刀は、三日月にとって最適な形に変わった結果ってことなんだね」


「おっしゃる通りです」


 鞘の部分に触れてみると、まるで返事をするかのように刀が小さく振動した。


 何だか不思議だ。

 死神と言えば大鎌のイメージがあったため、刀の形をした死神之大鎌デスサイズが物珍しく見える。


 三日月に刀を返すと、受け取った三日月の手の中で、刀は音もなく消えていった。


「あ、でも、現世に行く死神が支給される死神之大鎌デスサイズは、みんな同じ形をしてるよね。やっぱり死神だから鎌の形にしたとか?」


「現世では死神に対する固定のイメージがあるようですが、あれらは単なる噂や想像に過ぎません。死神の武器が死神之大鎌デスサイズと呼ばれるようになった理由も、支給される武器が大鎌の形をしている訳も、主の武器が大鎌サイズだったことによるものです」


 三日月の主と言えば、本来の死神王のことだ。

 たとえば、死神と言われてすぐに思いつくのは、大きな鎌と黒いローブ。

 死期の近い人の元にやって来る、という事くらいだろう。


 けれどそれは、あくまで噂でしかない。

 現世の人々が想像する死神と、実際の死神が大きく異なっていたとして、何らおかしなことではないのだ。


「ただ、支給されるローブを除き、服の形にこれといった決まりはありません。俺が着ているこの羽織も、ローブの代わりに使うことが可能です」


「位が上だと、自由なことも増えるんだね」


「そうですね。神の権能を借りなくても、自らの力で全てをまかなえますから。それが出来ることも、位を上げるための条件になっているんですよ」


 そう言えば、上司も現世に来た際、ローブは着ていなかった。

 上司と三日月の服は全く違うものだが、唯一共通点を挙げるとするなら、暗色が多いということだろうか。


 三日月の和服は深い色合いが目立つが、それがこの上なく似合うのだから、圧倒的な美貌とは恐ろしいものである。


「どうやったら位を上げられるの?」


「上に行きたいのですか?」


「うん」


 口から滑り落ちた言葉が、心にすとんと落ちてくる。

 ふわふわと舞う蛍の光を眺めながら、自分自身の中に生まれた願望が沁み込んでいくのを感じていた。


「では、愚神やつを引きずり降ろす必要がありますね」


 立ち上がった三日月が、こちらに向けて手を差し出してくる。


「どうぞ中へ。ご案内します」


 縁側に引き上げてくれる三日月に、慌てて靴を亜空間へとしまった。


「引きずり降ろすって……?」


「今の死界で貴女が力を手にするには、あの愚神をどうにかしなければなりません」




 ◆ ◇ ◆ ◇




 【 おまけ 】



『考えることをやめた睦月と、特に考えていない三日月』



「現世に行く死神には、ローブが必須なんだよね」


「はい。仕事着の代わりになりますから」


「それって、死神だけの決まりなの?」


「悪魔は自由奔放じゆうほんぽうなので話すまでもありませんが、天使には決まった仕事着がありますよ」


「そうなんだ。どんなやつ?」


「羽です」


「え?」


「羽です」


「……天使の羽って、仕事着だったんだ。背中から生えてると思ってた」


「着脱式ですよ」


「……」


「……」


「この茶菓子、美味しいね」


「はい。とても美味しいです」



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?