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ep.4 混じりもの


 一族の集まりとは言っても、和気藹々とした雰囲気は皆無だ。

 互いに観察し合うような視線の中、次期当主である陽向が席に着いた。


「これより会議を始める。議題のあるものは手を挙げよ」


 会議には一族──言わば、分家の者たちが集まっている。

 各家ごとに二人。

 家長と、家長の選んだ者が付き人となり、神楽かぐらを訪れるのが決まりだ。


 会議を取り仕切るのは、分家の中でもそれなりに力を持つ者と決まっている。

 今は、北条がその役目を担っていた。


「では、西宮から申し上げます」


 西宮の家長が手を挙げる。

 ここで家名を名乗るのは、他の一族に家柄を示し、分家同士の格差を明確にするためだ。


 会議とは言いつつも、所詮は一族同士の争い。

 家柄を笠に着て、物事を有利に進めようと考える者たちの軍場いくさばなのだ。


「次期当主である陽向様と、我が娘──依子よりこの婚約について、正式に話を進めさせていただきたく」


 騒つく室内とは逆に、北条の様子は落ち着いている。


「ふむ。前回の時点では、『仮』という話じゃったが……。他の者の意見も、聞いてみるとするかのう」


「恐れながら、東院が申し上げます」


 ちらりと向けられた視線に気づき、東院が手を挙げた。


「私の娘も陽向様と歳が近く、身内ながら気立の良い子に育ったと思っております。つきましては、陽向様の傍にお仕えする機会を──」


「どういうことだ東院! ここに来て、自分の娘を勧めるとは……! 西宮に喧嘩を売っているのか?」


 東院の話を遮った西宮は、怒りのあまりその場で立ち上がっている。

 斜め後ろに腰掛けていた依子よりこが、不愉快そうに唇を引き結ぶのが見えた。


「静粛に」


 老齢でありながら、北条の声は部屋の隅々まで響いた。

 静まり返った室内を見回し、髭を撫でた北条は、陽向の方に視線を向けている。


「陽向様は、いかがお考えですかな?」


 視線が一気に集中していく。

 一族の目に囲まれながら、陽向はおもむろに口を開いた。


「僕は……本音を言うなら、まだ結婚は早いと思っています」


「何を……っ!?」


 反発する西宮を制し、陽向が続きを語る。


「ですが、次期当主として果たすべき責任も、立場の重みも理解しているつもりです。……先代の当主である壱月いつき様は、とても立派な方でした。そして、隣で支えたいのり様もまた、奥方としての務めをしっかり果たされていました」


 普段の陽向からは考えられない、堂々とした態度だ。

 はっきりとした口調には、強い意志が感じられる。


 当主としての素質を、見極めようとしているのだろう。

 陽向を見る北条の目には、鋭い光が宿っていた。


「僕も妻とは信頼し合い、共に神楽を支えていけるような関係になれたらと考えています。ですから、──見極める期間をください」


「ほう……」


 感心した様子で、北条が呟く。


「……何故です陽向様。これまで、我が娘と良い関係を築いてきたではありませんか。共に過ごしたこともない東院の娘より、依子の方が間違いなく陽向様を理解しています」


「見苦しいぞ、西宮。陽向様がおっしゃっているんだ。既に結論は出た」


「東院……!」


 憎々しげに名を吐いた西宮は、歯軋りの音を立てながら口を閉ざすと、そのまま席に戻った。

 満足げに頷いた北条が、こちらに視線を向けてくる。


神楽しがらきの。それでよろしいかな?」


 一族の者たちは、家長を苗字で、他は名前で呼ぶようにしている。

 つまり、神楽しがらきの当主である私のことは、苗字で呼ぶのが普通ということだ。


「構いません」


「ならば決まりじゃの」


 西宮と東院が相手であれば、他に反対意見が出ることもないだろう。

 唯一止められる家があるとしたら、神楽しがらきくらいのものだが──はなから私に止める気はない。


 予想通り、そこから先の議論は流れるように進んだ。


 陽向には、西宮と東院、それぞれの娘と過ごす期間を設けることになった。

 そして、期間が終わった後、どちらを妻にするか決めてもらう──という手筈らしい。


 霜月の姿が見当たらないため、幾分か調子を取り戻したのだろう。

 こちらを睨む依子の視線を感じる。


「そう言えば、東院は肝心の娘がいないようですね」


 鼻を鳴らした西宮が、東院の背後に目を向けた。

 東院の斜め後ろは空席になっており、付き人である娘の姿は見えない。


「……今は少々、体調が思わしくないようなので。本日は欠席させました」


「自己管理のできない娘を奥方候補にとは、東院も思い切ったことをされる」


「念のためです。明日には治っているかと」


 険悪な雰囲気を漂わせる西宮と東院を横目に、北条が会議の終了を告げた。

 婚約の話に比べれば、他の議題など些細なものだ。


 一人、また一人と部屋から出ていく中、陽向がこちらへ来ようと腰を上げる。

 しかし、すかさず駆け寄った依子が、行く手を阻んでいた。


「お初にお目にかかります。神楽しがらきさま」


「確か、北条の孫だったよね」


「はい。高人と申します」


 礼儀正しい挨拶と、穏やかな笑み。

 声をかけてきた高人は、窺うようにこちらを見ている。


「差し支えなければ、少々お時間をいただきたいのですが……」


 どうやら、二人で話す時間が欲しいと言っているようだ。


「少しならいいよ」


「感謝いたします」


 丁寧な所作で、「行きましょう」と促してくる高人の背後では、綺麗に整えられた庭園。

 それと、透き通るような金が視える。


「どうかされましたか? 神楽しがらきさま」


 不思議そうに声をかけてくる高人に、「それは要らない」と返した。


「分家同士なんだから、様は必要ないよ」


「そうはおっしゃいますが、神楽しがらきは分家の中で最も本家に近い家柄。敬意は必要だと思いまして」


 一族からの評価は上々。

 加えて、祖父である北条に連れられてきたことからも、次の当主として期待されているのが分かる。


「敬意、ね。口先だけだとしても、もう少し取り繕った方がいいよ」


 やっぱり、レインと比べるのも失礼なレベルだった。

 薄っぺら過ぎて、本当に自覚がないのかと疑わしさまで湧いてくる。


「おっしゃる意味が……」


 神楽の敷地に混じっていた痕跡。

 その原因の一つが、こうして目の前に立っている。


「まさか分家とはいえ、神楽かぐらに悪魔との契約者がいたなんてね」



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