一族の集まりとは言っても、和気藹々とした雰囲気は皆無だ。
互いに観察し合うような視線の中、次期当主である陽向が席に着いた。
「これより会議を始める。議題のあるものは手を挙げよ」
会議には一族──言わば、分家の者たちが集まっている。
各家ごとに二人。
家長と、家長の選んだ者が付き人となり、
会議を取り仕切るのは、分家の中でもそれなりに力を持つ者と決まっている。
今は、北条がその役目を担っていた。
「では、西宮から申し上げます」
西宮の家長が手を挙げる。
ここで家名を名乗るのは、他の一族に家柄を示し、分家同士の格差を明確にするためだ。
会議とは言いつつも、所詮は一族同士の争い。
家柄を笠に着て、物事を有利に進めようと考える者たちの
「次期当主である陽向様と、我が娘──
騒つく室内とは逆に、北条の様子は落ち着いている。
「ふむ。前回の時点では、『仮』という話じゃったが……。他の者の意見も、聞いてみるとするかのう」
「恐れながら、東院が申し上げます」
ちらりと向けられた視線に気づき、東院が手を挙げた。
「私の娘も陽向様と歳が近く、身内ながら気立の良い子に育ったと思っております。つきましては、陽向様の傍にお仕えする機会を──」
「どういうことだ東院! ここに来て、自分の娘を勧めるとは……! 西宮に喧嘩を売っているのか?」
東院の話を遮った西宮は、怒りのあまりその場で立ち上がっている。
斜め後ろに腰掛けていた
「静粛に」
老齢でありながら、北条の声は部屋の隅々まで響いた。
静まり返った室内を見回し、髭を撫でた北条は、陽向の方に視線を向けている。
「陽向様は、いかがお考えですかな?」
視線が一気に集中していく。
一族の目に囲まれながら、陽向はおもむろに口を開いた。
「僕は……本音を言うなら、まだ結婚は早いと思っています」
「何を……っ!?」
反発する西宮を制し、陽向が続きを語る。
「ですが、次期当主として果たすべき責任も、立場の重みも理解しているつもりです。……先代の当主である
普段の陽向からは考えられない、堂々とした態度だ。
はっきりとした口調には、強い意志が感じられる。
当主としての素質を、見極めようとしているのだろう。
陽向を見る北条の目には、鋭い光が宿っていた。
「僕も妻とは信頼し合い、共に神楽を支えていけるような関係になれたらと考えています。ですから、──見極める期間をください」
「ほう……」
感心した様子で、北条が呟く。
「……何故です陽向様。これまで、我が娘と良い関係を築いてきたではありませんか。共に過ごしたこともない東院の娘より、依子の方が間違いなく陽向様を理解しています」
「見苦しいぞ、西宮。陽向様がおっしゃっているんだ。既に結論は出た」
「東院……!」
憎々しげに名を吐いた西宮は、歯軋りの音を立てながら口を閉ざすと、そのまま席に戻った。
満足げに頷いた北条が、こちらに視線を向けてくる。
「
一族の者たちは、家長を苗字で、他は名前で呼ぶようにしている。
つまり、
「構いません」
「ならば決まりじゃの」
西宮と東院が相手であれば、他に反対意見が出ることもないだろう。
唯一止められる家があるとしたら、
予想通り、そこから先の議論は流れるように進んだ。
陽向には、西宮と東院、それぞれの娘と過ごす期間を設けることになった。
そして、期間が終わった後、どちらを妻にするか決めてもらう──という手筈らしい。
霜月の姿が見当たらないため、幾分か調子を取り戻したのだろう。
こちらを睨む依子の視線を感じる。
「そう言えば、東院は肝心の娘がいないようですね」
鼻を鳴らした西宮が、東院の背後に目を向けた。
東院の斜め後ろは空席になっており、付き人である娘の姿は見えない。
「……今は少々、体調が思わしくないようなので。本日は欠席させました」
「自己管理のできない娘を奥方候補にとは、東院も思い切ったことをされる」
「念のためです。明日には治っているかと」
険悪な雰囲気を漂わせる西宮と東院を横目に、北条が会議の終了を告げた。
婚約の話に比べれば、他の議題など些細なものだ。
一人、また一人と部屋から出ていく中、陽向がこちらへ来ようと腰を上げる。
しかし、すかさず駆け寄った依子が、行く手を阻んでいた。
「お初にお目にかかります。
「確か、北条の孫だったよね」
「はい。高人と申します」
礼儀正しい挨拶と、穏やかな笑み。
声をかけてきた高人は、窺うようにこちらを見ている。
「差し支えなければ、少々お時間をいただきたいのですが……」
どうやら、二人で話す時間が欲しいと言っているようだ。
「少しならいいよ」
「感謝いたします」
丁寧な所作で、「行きましょう」と促してくる高人の背後では、綺麗に整えられた庭園。
それと、透き通るような金が視える。
「どうかされましたか?
不思議そうに声をかけてくる高人に、「それは要らない」と返した。
「分家同士なんだから、様は必要ないよ」
「そうはおっしゃいますが、
一族からの評価は上々。
加えて、祖父である北条に連れられてきたことからも、次の当主として期待されているのが分かる。
「敬意、ね。口先だけだとしても、もう少し取り繕った方がいいよ」
やっぱり、レインと比べるのも失礼なレベルだった。
薄っぺら過ぎて、本当に自覚がないのかと疑わしさまで湧いてくる。
「おっしゃる意味が……」
神楽の敷地に混じっていた痕跡。
その原因の一つが、こうして目の前に立っている。
「まさか分家とはいえ、