死神には、「死の四ヶ条」というものが存在する。
これは死界における掟であり、特に本職の死神にとって、重要な規則でもあった。
思えば、私が死神として最初に交わした契約も、「死の四ヶ条」が記載されたものである。
第二条の内容は、「業務・有事の際を除き、人間との接触や関わりの一切を禁ずる」というもの。
今回のことを有事と言い切れるかは微妙なところだが、少なくとも、悪魔の契約者を
現に、霜月にこれといった異変は起きていない。
では何故、私がこんなにも四ヶ条を気にしているかと言うと……現在の王が死神に刻んでいる印。
これが、中々に厄介だからである。
ミントの話によると、印にはあらかじめ禁止事項がインプットされており、違反を検知すると自動で発動する仕組みになっているらしい。
強制的に自戒を起こすことも可能なようだが、これまでの事を考えると、こちらは奥の手と判断してもよさそうだ。
もし頻繁に起こせるなら、とっくに起こしているはず──。
とは言え、今後のためにも、印を無効化する方法は探しておいた方がいいだろう。
こうして逐一気にかけていては、いざという時に足を掬われかねない。
「睦月。原因を見つけた」
霜月の声に、思考から引き戻される。
会議の前に頼んでいたことを、もう終わらせたらしい。
相変わらず、私のパートナーは優秀だ。
「どうだった?」
「大した相手じゃない。ただ、既に切り離せないところまで進んでる」
「そっか」
手遅れになる前に交渉出来たらと思っていたが、それさえも難しいのかもしれない。
「なら、直接会いに行こう」
時間は有限だ。
人間の寿命は蝋燭のように短く、ほんの一瞬が行く末を左右することもある。
亜空間から取り出した服に着替え、黒いローブを身に纏う。
着物からワンピースになったことで、だいぶ動きやすさが増した。
一族が本家に集まる際は、滞在場所として別館が開放されることになっている。
ここから少し距離はあるが、空間を繋げてしまえばいいだけの話だ。
この大鎌は、
──もしかしたら、窮屈なのは死神だけではないのかもしれない。
見下ろした鎌をくるりと回し、空間の中に足を踏み入れる。
片付けることが山積みだな……なんて思いつつも、霜月たちといるためなら、大した苦にもならないのだから驚きだ。
昔の私では、想像も出来なかっただろう。
振り返った先の写真立てが、日の光で反射している。
両親に挟まれた人形のような幼子は、閉じていく空間と共に消え去っていった。
◆ ◆ ◇ ◇
澄んだ気に覆われた場所で、高人は必死に何かを書いていた。
血で描かれた陣から溢れ出す禍々しさに、辺りの妖精たちが怯えている。
召喚される存在が、現世とは一線を画すものだと察したモノたちは、我先にとその場から散っていった。
「はぁ〜〜。おい、今度は何なんだよ。おめぇ、悪魔のことを便利屋とでも思ってねぇか?」
「……あ、アレはいったい何なんだ……! どうしてあんなものがここに……!?」
「はぁ? 何がいいてぇのかさっぱり分かんねぇんだけど」
苛々した様子で頭を掻いた悪魔は、目の前で喚く高人を見て呆れた表情に変わった。
「お前が言ったんじゃないか!
「あ〜〜。たしかに言ったなぁ。ちぃと例外もいたが、三界の存在でもねぇ限り、悪魔に盾突けるような相手はいねぇし。べつになんの問題も──」
ぞわり、と背筋に悪寒が走った。
辺りの風景が一瞬で変化している状況に、悪魔は口を噤んでいる。
濃い霧によって視界を塞がれる中、高人の叫ぶ声がやけに遠く聞こえた。
徐々に薄くなる霧の先に、誰かが立っているのが見える。
夕暮れ時の空と、朧げに輝く月。
桜の舞い散る幻想的な光景の中、浮かび上がった白は恐ろしいほどの純白をしていた。
「こんにちは」
「あ……あぁ。こんにちは」
挨拶を返してから、悪魔は何をしているんだと自問した。
それと同時に、混乱もしていた。
異様な空間にいながらも、目の前の存在は呆気に取られるほど“無”なのだ。
それこそ、中位の悪魔である自分が、容易く捻り潰せそうなほどに。
強者たる気配を、微塵も感じられない。
「それ、君の契約者だよね」
「……あ? そうだけど」
だったら何だと言うのか。
高人を指して微笑む青年は、神秘的な容姿をしている。
悪魔でも見惚れそうになるほど美しく、簡単に折れてしまいそうなほど儚い。
それでいて、本当に何一つ感じられないのだ。
無意識に恐れていた自分が馬鹿らしくなってきて、悪魔はじろりと青年を睨みつけた。
「君に選択肢をあげる。一つは、それとの契約を破棄して、
「……は? おめぇ、舐めてんのか?」