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ep.6 黄昏と桜 ー Ⅰ / Ⅱ


 死神には、「死の四ヶ条」というものが存在する。

 これは死界における掟であり、特に本職の死神にとって、重要な規則でもあった。


 思えば、私が死神として最初に交わした契約も、「死の四ヶ条」が記載されたものである。

 第二条の内容は、「業務・有事の際を除き、人間との接触や関わりの一切を禁ずる」というもの。


 今回のことを有事と言い切れるかは微妙なところだが、少なくとも、悪魔の契約者をとして扱う必要はなかったようだ。

 現に、霜月にこれといった異変は起きていない。


 では何故、私がこんなにも四ヶ条を気にしているかと言うと……現在の王が死神に刻んでいる印。

 これが、中々に厄介だからである。


 ミントの話によると、印にはあらかじめ禁止事項がインプットされており、違反を検知すると自動で発動する仕組みになっているらしい。


 強制的に自戒を起こすことも可能なようだが、これまでの事を考えると、こちらは奥の手と判断してもよさそうだ。

 もし頻繁に起こせるなら、とっくに起こしているはず──。


 とは言え、今後のためにも、印を無効化する方法は探しておいた方がいいだろう。

 こうして逐一気にかけていては、いざという時に足を掬われかねない。


「睦月。原因を見つけた」


 霜月の声に、思考から引き戻される。

 会議の前に頼んでいたことを、もう終わらせたらしい。

 相変わらず、私のパートナーは優秀だ。


「どうだった?」


「大した相手じゃない。ただ、既に切り離せないところまで進んでる」


「そっか」


 手遅れになる前に交渉出来たらと思っていたが、それさえも難しいのかもしれない。


「なら、直接会いに行こう」


 時間は有限だ。

 人間の寿命は蝋燭のように短く、ほんの一瞬が行く末を左右することもある。


 亜空間から取り出した服に着替え、黒いローブを身に纏う。

 着物からワンピースになったことで、だいぶ動きやすさが増した。


 一族が本家に集まる際は、滞在場所として別館が開放されることになっている。

 ここから少し距離はあるが、空間を繋げてしまえばいいだけの話だ。


 死神之大鎌デスサイズを手に取り、空間を裂く。

 この大鎌は、現在いまの王ではなく、かつての王が死神のためにと与えた武器だ。


 ──もしかしたら、窮屈なのは死神だけではないのかもしれない。


 見下ろした鎌をくるりと回し、空間の中に足を踏み入れる。

 片付けることが山積みだな……なんて思いつつも、霜月たちといるためなら、大した苦にもならないのだから驚きだ。


 昔の私では、想像も出来なかっただろう。

 振り返った先の写真立てが、日の光で反射している。


 両親に挟まれた人形のような幼子は、閉じていく空間と共に消え去っていった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 神楽かぐらの敷地は、霊山によって囲まれている。

 澄んだ気に覆われた場所で、高人は必死に何かを書いていた。


 血で描かれた陣から溢れ出す禍々しさに、辺りの妖精たちが怯えている。

 召喚される存在が、現世とは一線を画すものだと察したモノたちは、我先にとその場から散っていった。


「はぁ〜〜。おい、今度は何なんだよ。おめぇ、悪魔のことを便利屋とでも思ってねぇか?」


「……あ、アレはいったい何なんだ……! どうしてあんなものがここに……!?」


「はぁ? 何がいいてぇのかさっぱり分かんねぇんだけど」


 苛々した様子で頭を掻いた悪魔は、目の前で喚く高人を見て呆れた表情に変わった。


「お前が言ったんじゃないか! 神楽かぐらに自分以外の契約者はいないと!」


「あ〜〜。たしかに言ったなぁ。ちぃと例外もいたが、三界の存在でもねぇ限り、悪魔に盾突けるような相手はいねぇし。べつになんの問題も──」


 ぞわり、と背筋に悪寒が走った。

 辺りの風景が一瞬で変化している状況に、悪魔は口を噤んでいる。


 濃い霧によって視界を塞がれる中、高人の叫ぶ声がやけに遠く聞こえた。

 徐々に薄くなる霧の先に、誰かが立っているのが見える。


 夕暮れ時の空と、朧げに輝く月。

 桜の舞い散る幻想的な光景の中、浮かび上がった白は恐ろしいほどの純白をしていた。


「こんにちは」


「あ……あぁ。こんにちは」


 挨拶を返してから、悪魔は何をしているんだと自問した。

 それと同時に、混乱もしていた。

 異様な空間にいながらも、目の前の存在は呆気に取られるほど“無”なのだ。


 それこそ、中位の悪魔である自分が、容易く捻り潰せそうなほどに。

 強者たる気配を、微塵も感じられない。


「それ、君の契約者だよね」


「……あ? そうだけど」


 だったら何だと言うのか。

 高人を指して微笑む青年は、神秘的な容姿をしている。

 悪魔でも見惚れそうになるほど美しく、簡単に折れてしまいそうなほど儚い。


 それでいて、本当に何一つ感じられないのだ。

 無意識に恐れていた自分が馬鹿らしくなってきて、悪魔はじろりと青年を睨みつけた。


「君に選択肢をあげる。一つは、それとの契約を破棄して、コアだけは守る道。もう一つは、それと一緒に跡形も無く消える道。どっちにする?」


「……は? おめぇ、舐めてんのか?」



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