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平和の不具合編 6


 ヤバい。ヤバいって。

 あのユニコーンが国王の息子だとしたらマジでしゃれになんねぇ。


 くっそ……もしさっきの俺の態度が問題になっちゃうと俺の立場だけじゃなく、間違いなくヨール家そのものの地位に影響が出る、よな……?

 最悪の場合、親父の爵位はく奪? 国からの追放?


 あぁ! もうッ!


 そもそも身分制度ってどういうもんなんだよ! 日本で生まれ育った俺にはぱっとこねぇんだよ!

 さっきの無礼がどれぐらいの罪になるかも分からねぇし、その影響がヨール家にどんだけ及ぶのかもぜんっぜんわかんねぇ!

 あれか? 最悪の場合、俺が切腹とかすれば丸く収まんのか……?

 武士じゃあるまいし、そんなのぜってぇ嫌だぞ!


「……」


 はーぁ……いや、とりあえず椅子に戻ろう。

 椅子に戻って、冷静に考えよう。


「こんちくしょう……全部アルメさんのせいだ……」


 俺は心の苛立ちをアルメさんに八つ当たりさせながら、先ほどまで座っていた椅子に戻る。

 乱暴な動きで腰をおろし、背もたれに体重を預けながら頭を抱えた。


「どうしよう……いや、ここは冷静に……」


 そうだ。王子に対するさっきの対応が間違っていたと確定したわけじゃない。

 この国に身分制度があるからといって、それが“普段の接し方”にまで影響を及ぼすとは必ずしも言い切れないからだ。

 バレン将軍の補佐官であるうちの親父が大臣クラスの魔族を飲み仲間だと言ってたし、バレン将軍も俺やフライブ君たちに礼儀を強いることはしなかった。

 まぁ、俺たちが子供だから、心優しいバレン将軍はそういうのを見逃してくれていたのかもしれないけど。

 身分や立場が違うからといって、それをありとあらゆる場面に適応しなくてはいけないなんてことはないはずだ。

 そうでなければ親父がレバー大臣の事を“飲み仲間”と表現するわけがない。


 それと――本来なら我がヨール家より身分の低いフライブ君たちを、俺の親父は昨夜客人として迎え入れていた。

 上級貴族であるヴァンパイアの俺がそれにふさわしくない言動をしていても、親父は大目に見てくれているしな。

 そもそもあいつがこの国の王子ということも確定じゃないし、俺たちのような子供世代に大人の上下関係が強制されるとは限らん。

 う、うん。まだ可能性はある。


 ――って願ってみたけど、これも俺の希望にすぎないんだよな。

 屈強な衛兵とかがこの部屋にどさどさ乱入し、不敬罪を理由に俺を捕縛する。

 そんなことが今にも起きかねない。というか今にもそれが起こりそうでめっちゃ怖い。

 やっばい。ほんっとーにやっばい。

 どうしようかな? アルメさん探しに行こうかな。

 アルメさんはバレン将軍に会いに行っているし、そこでバレン将軍にお願いすれば、俺の罪もなんとかなるかも……。


「うーん……うーん……」


 しかしながら、どんなに意識を集中しても、今の俺にはアルメさんはおろかバレン将軍の魔力すらも補足することができん。

 この城、ありとあらゆるところからすっげぇ強い魔力が発生していて、ただでさえ精度の低い俺の魔力探知能力がまともに機能してくれないんだ。

 ならどうするか? この部屋から出て手当たり次第城内を探しまわるか?

 そこらへんの魔族にバレン将軍の居場所聞けば、わかりそうなもんだしな。


 でも――俺って今レバー大臣を待っているところなんだよなぁ。

 さっきこの部屋まで案内してくれた魔族もどっか行っちゃったし、俺が勝手にこの部屋を留守にするのも非常にまずい様な気がする。

 いや、王子と大臣、どっちに対する無礼がヤバいかって考えたら……やっぱレバー大臣を待たせることになっても、先に王子の件をどうにかした方がいいような……。

 そうだな。うん。そうしよう。

 じゃあ、さっさとバレン将軍探して……そんでもって俺の事をかばってもらうようにお願いし……


「タカーシというヴァンパイアのガキはどこだぁ!!」


 しかしながら、あれこれと考え込んでいた俺の思考は、部屋の沈黙を破るように勢いよく開いた扉の音と同時に中断された。

 いや、扉の音というよりは、扉が開くと同時に鳴り響いたでっけぇ叫び声のせいで中断された感じ。


「ぎゃッ!」


 驚いた俺が椅子ごと転がりながら短く悲鳴を発し、即座に体を起こして身構える。

 そう、思わず身構えてしまったんだ。

 大きな声とともに部屋に入ってきた魔族。魔力の感じから察するに数体はいると思うんだけど、その集団の先頭を切っていた魔族の体から発せられている魔力があまりに強大で、身構えずにはいられなかったんだ。

 その強大さといえば、光り輝くそいつの魔力が眩しいと錯覚するほどで、だからこそ俺は身構えながらまぶたを閉じてしまい、部屋に入ってきた集団の数を正確に数えられなかったぐらいだ。


 もちろんこんな破格の魔力を持つこいつらの存在は、俺が城を訪れた時からなんとなく気付いてはいた。

 そこらじゅうに強い魔力がうようよしている状況でも、それらと一線を画す強大な魔力の持ち主たち。

 それが城の奥から感じていたのは確かだけど、まさかその集団があり得ない速度で俺のいる部屋に接近し、勢いそのままに部屋に入ってくるなんて。

 しかもどうやらその目的は俺らしい。


「貴様がタカーシというガキかァ!?」


 うん。そうです。そうですよ。

 そうなんですけど、俺の名前はいいとして。

 見上げるほどの大きな馬。そして俺の身長より長いんじゃないかというほどの角。白と灰色がまだらに生えた体毛。

 今、相手は二足歩行体勢だけど……この魔力の強さと相手の姿形をすり合わせると、これはつまりさっきまで俺の脳裏をかすめていた最悪の予感が現実になったってことじゃね?


「貴様ァ! 我が息子の体を慣れ慣れしく撫でまわしたらしいなァ!?」


 あぁ……やっぱりそうなるかぁ。

 つまり一線を画す魔力の集団が例の“御前会議”とやらの出席メンバーで、そのメンバーの中でも最大級の魔力を持つこのユニコーンは間違いなく国王だ。

 相手はまだ名乗ってないけど、ここまで来るとバカでも分かるわ。

 んであのガキ、やっぱりこの国の王子だったかぁ。

 それにその王子の父親たる国王自ら俺の不敬っぷりを責めに来ちゃったぁ。

 最悪だ。マジで最悪だ。

 ここはそうだな。最悪な状況が好転するとは思えないけど、とりあえず謝っておこう。


「は、はい……さっきの件は本当にすみませ……」


 しかし、“ヴァンパイアの速度”で土下座をしようとした俺の首は、その動きの途中で国王に遮られた。

 国王が俺の首を掴み、持ち上げたんだ。


「ぐぅわはッ!」


 いや、ちょっと待て。

 相手がとんでもねぇ速度で俺に接近してきたのはこの際どうでもいい。

 国王だからな。とんでもねぇ魔力を放っているし、バーダー教官の上をいくバレン将軍やラハト将軍よりもさらに強いのだろう。

 それは当然だし、それに見合った俊敏さを持っているのも至極当然だ。

 でもさ。このおっさん、俺の首を“掴んだ”んだ。

 馬のくせに。額に角が生えただけでそれ以外は普通の馬の体――そう、脚の先が蹄で出来ているくせに、俺の首をしっかりと掴んでいるんだ。


「が……ぐ……」


 もちろん首を掴まれてしまっては、土下座体勢はおろか謝罪の言葉を口に出すこともできん。

 つーか首のあたりから国王のもんのすげぇ魔力を感じる。

 しかも魔力を当てられている感覚はあるけど、蹄が俺の首に触れている感覚がない。


 どうやら魔力が形をなし、蹄の先から五本指の手となって俺の首を掴んでいるようだ。

 なんだこりゃ? どういうこと?

 魔力の物質化? 具現化?

 どっちの表現が正しいのかはわからないけど、これはつまりそういう魔法ってことか?

 魔力ってこういう使い方も出来るのか?


「おい! ヴァンパイアの小僧! 我が問いに答えろ! 無礼であろう!」

「ぎぇ……ぐほ……」


 いや、だから首を絞めつけられているから答えられねぇって。

 くっそ。テレビとかでよく見る状況だけど、それを実際にやられると――なんかあったまに来た!

 こちとら子供だぞ! そんな風に扱うか!?


「陛下? 首を締めておられます。それでは陛下の問いに答えられないかと」


 その時、国王の背後にいた金髪で耳のとんがった魔族――あっ、こいつは多分“エルフ”ってやつかな?

 うん。間違いなくそうだ。ヴァンパイアの俺より尖った長い耳。あと金色に光り輝く長髪。

 高貴な雰囲気だし、服装もきらびやかだし、多分こいつがかの有名なエルフって種族だな。

 そのエルフが国王に話しかけてきた。


 もちろんこのエルフの魔力もすんげぇし、さらに後ろには半人半馬のケンタウロスや、バーダー教官と同じミノタウロスもいる。

 よく見てみれば入口の近くにもドワーフ族もいるし、あの魔族がレバー大臣だろう。

 ミノタウロスに関してはおそらくバーダー教官の親父さんだな。

 あと、俺と同じヴァンパイアの魔族も見えた。

 いやはや、さすが国王の取り巻きともなると俺でも知っている有名どころの魔族がわんさかといやがるな。


 ――いや、そうじゃなくて!

 やばい! 首掴まれているせいで頭がぼーっとしてきた!

 これ、死ぬんじゃね……!?


「おっ、そうだな。ラーヨバ? いい所に気づいた」

「はい。しかも相手はヴァンパイアといえどもまだ子供。そのような強い魔力で掴んでしまっては陛下の問いに答えるどころか、命を落してしまうかと」

「ふむ。この小僧、なかなかいい魔力を持っていると見えるが、やはりヴァンパイアともなると肉体がそれについてこれないか」

「はっ。しかしながらヴァンパイアは元々魔法に長けた種族。決して軽んじてはなりません。バレン将軍などを例に上げればわかりやすいかと」

「そうだな。あいつの魔法技術は小憎たらしいほど多様性に……」


 いやいやいや。だらだら喋ってないでさっさと握力弱めろや!

 エルフの男が“ラーヨバ”とかいう少しコミカルな名前だってことにちょっとウケたけど、そんなことより俺マジで死ぬって!

 くっそ! このままじゃ……。


「ぐおぉ!」


 こっから先のことは不可抗力というやつだ。

 あぁ、目の前の国王に対して、喧嘩を挑んだところで勝てるとはもちろん思わん。

 ただこの状況から脱する――というか首を掴まれたまま本当に死ぬかと思ったので、それに抵抗しただけだ。


 俺は意識が薄れゆくのを認識し、しかしながらその意識が堕ちるぎりぎりのところで抵抗を試みることにした。

 まずは全身の力を「ぐっ」って入れて、体内に宿る魔力を解放。そのまま国王の“魔力の手”を振りほどこうとしたけど、相手の両手はびくともしなかったので諦める。


 んでもって、体から発する魔力を更に強めることにした。

 今日の午前中、バーダー教官に対して動き出そうとしたあの時ぐらいの強さ。

 多分これぐらい強い魔力を放出すると、“緑の魔力”も混ざってくるかもしれないけど、まぁ、気配を消そうにも今現在相手から実際に掴まれている状況だから、自然同化魔法を発動したところでなんの意味もないだろう。

 それよりは魔力で身体能力を高め、腕力勝負でなんとかしたほうがいいような気がしたんだ。


 相手はこの国のトップに君臨し、それに見合った強さを持つであろう国王。

 しかしながら国王は全力で俺の首を掴んでいるわけではないだろうから、俺が本気を出せばなんとか抵抗できるかもしれない。

 遊び半分の力で俺を掴むこの国のトップ。対する俺はヴァンパイアだけどまだ子供で、しかしながら魔力の量は多いとのこと。

 果たしてどちらが勝つか。


「ん?」


 しかしながら俺が全力の魔力を持って国王の“魔力の手”を振りほどこうとした瞬間、国王の短い声とともに俺の首は解放された。


「げほっ……げほっ……」


 俺は床に着地するなり右足のみで5メートルほど跳躍。首の痛みと呼吸が戻るのを待たずに部屋の隅へと逃げる。

 うん。怖いんだって。

 もちろん国王に対する挨拶とか、そんなことに気を回す余裕なんてない。

 ただ単純に(こんなおっそろしい魔族からは距離を取らないと)って思っちゃったから、この行動は仕方ないんだ。


 しっかし、運がよかったといえば、確かに運がよかったのかもしれないな。

 俺の首を離した後国王は不思議そうに自分の“魔力の手”を見つめ、その後周りをきょろきょろと見渡している。

 国王の背後に連なるその他大勢の魔族も似たような反応だ。


 おそらく俺の持つ“緑の魔力”――いわゆる“自然同化魔法”が上手く発動してくれたらしい。

 いや、俺の能力だから、本来は俺自身が自由に操れなきゃいけない魔法なんだろうけど。

 まぁいいや。発動条件が簡単なだけに、今みたいながむしゃらな状態でも勝手に発動してくれる。

 そう考えれば、いざという時にも役に立つ魔法ということだからな。


 それにしても――まさかあんな状況でも“自分の存在を消す”ことができるなんて。

 国王の操っていた“魔力の手”が、操る側にとってどういう感覚なのかはわからん。

 でも俺がじたばたしていた時は国王がその感覚を感じ取って、握力をさらに強めていた。

 ということは、実際の手と同じ感覚・機能を持っているのかもしれない。


 んで、だからこそ俺の自然同化魔法が上手くいき、“ヴァンパイアの子供の首を掴んでいる”という国王の認識を消すことが出来たようだ。

 結果、相手は握力を弱め、俺は脱出できた。

 みたいな感じかな。


 ふっふっふ! すげぇ! 俺の魔法、結構使えるじゃん!

 しかも部屋の隅でげほげほしながら呼吸整えている今も、誰もこっち見てないし!

 みんなしてきょろきょろ俺を探しているから、まだ俺の魔法効いてるってことだよな!

 一瞬マジで死ぬかと思ったけど、災い転じてなんとやら。すげぇ発見だ!


「ひっ!」


 しかし、部屋の隅で床にうずくまりながら呼吸を整え、同時にこっそりご機嫌になっていた俺の心は次の瞬間に奈落の底へと落とされた。

 俺が不可思議な魔法で姿をくらませたことで、国王以下、この国の中枢を担うレベルの魔族たちが一斉に警戒し始めたんだ。

 例によって全員が臨戦態勢の魔力を放出し始めたんだけど、それぞれがバレン将軍並みの魔力かそれ以上。そんな魔力を一気に当てられたんだ。俺が怯えるのも無理はない。


 しかもやつらが臨戦態勢の魔力を放ったことで、相対的に俺の自然同化魔法の魔力が薄れ、全員が一斉に俺の存在に気付きやがった。

 これは以前バーダー教官が言っていた様な気がするんだけど、俺の魔力の大小、あと相手の魔力の大小などにより、自然同化魔法は効きにくくなるとか。

 平たく言えばここにいる全員が本気を出すと、さっきの俺程度の魔力量で騙せるようなやつらではないということだ。


「……」


 しばしの間、無言で見つめ合う俺とその他の魔族。

 うーん。俺の自然同化魔法が破られたのは別にどうでもいい。

 相手は格上の連中だし、俺だって冷静な状況ならもっと魔力を出せるしな。

 それは別にどうでもいいんだけど、なんかどうでもよくないことを忘れているような……


 あっ、思い出した。


「申し訳ありませんでしたぁ! あの方が王子とは露知らずゥ!

 まったくもって無礼な行いをォ! してしまいましたァ!

 どうかァ! どうかお情けをォ!」


 そうだった。王子の件で謝らないと。



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