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平和の不具合編 7


 俺が鬼気迫る表情で謝罪の言葉を叫ぶこと数秒。もちろん床に頭をこすりつけての土下座もしている。

 しかしそんな俺の謝罪の気持ちを踏みつぶすように、国王は再度俺のところまで超速で接近してきた。

 んでもって再び俺の首を“例の手”で握り、体ごと俺を持ちあげやがった。


「貴様? 今、何をした?」


 さっきと同じ状況だ。でも先ほどの怒りに満ちた叫びとは違い、今度の国王は低い声で問いかけてきた。

 殺気すら感じるこの低い声も俺にとってはもちろんめっちゃ怖いし、めっちゃ顔近づけて睨んでるからやっぱすっげぇ怖ぇけど。


 つーかさ。馬ってもっと優しい瞳とかしてんじゃねーの?

 さっき見た王子の顔もそういう雰囲気だったし、なんだったらにっこり笑った時の王子はめっちゃ可愛かったのに。

 なんでこのおっさん、馬のくせに眉間にしわ寄せてんの? 馬ってそういう表情筋あったの?


 ――なんてこと考えてる場合じゃねぇ! なんだこの状況!?

 結局さっきと一緒じゃねーか!

 あっ、でもさっきより首を握る力を弱めてくれているな。これならなんとか答えられそうだ。


「は……はい。私は……よ、よくわからないのですが、せ……精霊の……魔法と……そ、そちらの将軍のご……ご子息である8番訓練場のバーダー教官が……そ、そう教えてくれま……した。私の……特殊なち、力だと……」


 大したことじゃないんだけど、こういう時にバーダー教官の名前を出す俺は結構ずる賢いと思う。

 でもまぁ、そこにバーダー教官の父親であるラハト将軍がいるんだもん。この繋がりを利用しない手はないじゃんよ。

 あとほんっとーに大したことじゃないんだけど、ラハト将軍ってオシャレさんなのか?

 首周りとか両腕にアクセサリーっぽいのをめっちゃつけてる。

 あのミノタウロス、ほ、本当にバーダー教官の親父さんだよな……?


「ほう。面白いヴァンパイアだな。貴様は何者だ?」

「わ……私は……バレンしょ、将軍の補佐官であるエスパニ……エスパニ・ヨールの息子……タカーシ・よ……ヨールと申し、ます……」

「ふっ。人間を好むあの変態ヴァンパイアの息子か」


 ひでぇ言われようだな、親父。

 でもバーダー教官とかバレン将軍とかの名前を出したら、国王の口調が若干柔らかくなったな。

 今も鬼の形相で睨んでくるから、すっげぇ怖ぇけど。


「は、はい……」

「そうか。もしかして最近レバーと新しい計画を始めようとしているのが……貴様か?」

「えぇ。こ、この後……レバー大臣と面会を……」

「そうか。なるほどな。貴様が例の……」


 ここで俺に対する警戒心を解いた国王の表情が、馬のそれになった。

 うん。これなら怖くない。あとはこの“魔力の手”で掴み上げている俺の首さえ離してくれれば……。


「それはそうと……貴様、我が息子を撫でまわしてくれたようだなァ!?」


 あっ、鬼の形相に戻った。


「ひぃぃ……も、申し訳ございません! 王子とは知らずにィ! ついつい!

 だってめっちゃ可愛かったからァ! 王子がめっちゃ可愛くってェ!」


 慌てて泣きそうな声を出す俺。

 つーか最初に首を掴まれたあたりから俺ぼろぼろ涙落としていたし、鼻水とかも垂らしていたから、今の俺の顔ぐちゃぐちゃだと思う。

 謝罪の言葉の選び方もおかしくなってきているし、ほんともう、誰か助けてくれねぇかなぁ……。


 と色々諦め始めていた俺であったが、ここで国王から予期せぬ言葉が返ってきた。


「どうだったァ!? どこが可愛かったァ!? 言ってみろォ!」


「はい! 体毛がふっさふさで! でも体毛の1本1本はしっかりとコシがあってェ!

 艶もいいし、毛色もかっこいいし、思わず抱きしめてしまいましたァ! ごめんなさいィ!」


「本当かァ!? 本当にそう思ったのかァ!?」


「はい! 抱きしめながら優しく撫で撫でしてェ! ついでにくすぐっちゃいましたァ!

 あと角にも触らせてもらいましたぁ! ごめんなさいィーィ!」


「なんと! 角まで触ったというか!? どうだった? 息子の角はどうだったァ!?」


「ごむぇんなさいーーッ! だってェ! だってェ! めっちゃかっこよかったしィ!

 とがっていて、光っていて、綺麗だったからァ!」


 もうさ。これ、なんの茶番だ……?

 国王から質問の波状攻撃を受け、俺もおかしなテンションになったことは認めよう。

 でもだ。冷静に考えて、一国の国王が部下のヴァンパイアの子供に向かって怒鳴りながら問う内容か?

 俺の返答もおかしいからどっちもどっちなんだろうけど、おい、そっちで見守ってるおっさんども。どうにかしろや。


「陛下。お戯れはそれぐらいにしてくださいませ。この子が可哀そうです」


 あっ、どうにかしてくれた。

 俺と国王の惨状に見かねたエルフのラーヨバさんがまた間に割って入ってきてくれた。


「うむ。わかった。皆の者! 会議に戻るぞ」

「はっ!」


 そして、国王は急に冷静な雰囲気へと戻り、俺の首を離しながら踵を返す。

 ふーう。何が何なのか今もぜんっぜん理解できないけど、どうやらこの場は助かったらしい。

 と思ったら――


「タカーシとやら? 息子のよい友人になってやってくれ」

「?」


 最後によくわからない言葉を残し、国王が部屋から去っていった。


 ……


 ……


 俺は床にへたり込み、国王が出て行った部屋の扉を見つめる。

 色々と理解できずにぼぅっとしていると、数体の魔族が近寄ってきた。


「驚かせてすまんかったのう。お前さんがエスパニの子かね。会議がもう少し待たせることになると思うが少し待っとくれ。部下に菓子など出させるから」


 最初に話しかけてきたのはレバー大臣。

 見た目がおじいちゃんなだけあって、やたらと親しみやすい雰囲気を放つドワーフだ。

 うん。絵に描いたような“おじいちゃん言葉”を使っているし、親父が慕うのも分かる気がする。


「は、はい。例の計画について、後ほどよろしくお願いします」

「うむ。話はエスパニから軽く聞いておる。わしも楽しみじゃ。気楽に話し合おうぞ」

「でも……」

「ん? どうしたんじゃ?」

「ぼ、僕は……助かったのでしょうか?」

「たす……? …………ぎゃっはっは! 大丈夫じゃ。陛下はいつもあんな感じじゃからのう!

 王子と仲良くせよとのご命令、むしろ喜ばしいことじゃ! なにも心配せんでえぇぞ!

 ほれ。そんなところにへたり込んでないで、椅子に戻れ」


 レバー大臣が手を差し出してくれたので、俺はそれを掴み立ち上がる。

 ふーう。どう考えても理不尽な事件だったけど、なんとか無事に乗り越えたようだ。

 今さらだけどふと見て見れば、目の前には俺の身長と大差ない初老のレバー大臣。

 その後ろを歩き、先ほど横に転がしてしまった椅子をレバー大臣が直してくれたので、それに座る。


 あとは……そだな。

 レバー大臣の部下が出してくれるであろうお菓子とか食いながら……ん、その前に顔も拭いて……涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃだからな。

 朝アルメさんが持たせてくれた手ぬぐいのような布が確か服のポケットに入っていたはずだからそれを使……あっ、アルメさんが帰ってきたら1発ぶん殴っとこう。

 うん、今の俺にはその権利があるはず。


「……」


 しかし布で顔を拭き終わり、視界が開けるのと同時に俺は1つの視線に気づく。

 レバー大臣が「じゃ後で」と言い残し、入口に向かって歩いていく後ろ姿の脇から、ミノタウロスがこちらをじぃーっと見つめていた。

 なので俺もついついその相手を見つめ返してしまった。


「何を見ている? “緑”の魔力を持つヴァンパイアよ」


 いやいやいやいやッ!

 見つめてきたのそっちじゃん!

 なんでそうなるんだよ!


 あとさ! “ラハト将軍”!!

 俺の魔力について知っているってことは、バーダー教官から俺のこと聞いてんだろ!?

 だったら俺たち完全な赤の他人ってわけじゃないんだから、もっとこう、気軽に話しかけてくれたっていいじゃん!


「い、いえ。綺麗な首飾りしているなぁって」


 あぁ、俺の意気地なし。

 もっと他の誤魔化し方とかあんだろ。

 なんだよ、首飾りって!

 そりゃ確かにラハト将軍はオシャレなアクセサリーとかいっぱいつけてるけど、初対面の魔族に対していうことか?


 と思わず自分の度胸のなさを心の中で後悔していると、ラハト将軍から思わぬ返事が返ってきた。


「うぬ。吾輩の身なりのよさに気付くとは……なかなか見込みのありそうなガキだな」

「え? あっ、いや……ありがとうございます。でも、バーダー教官はそういう飾りをつけていないから、ちょっと意外でした」

「あぁ、あいつの美的感覚は恐ろしく貧相でな。吾輩が新しい装飾物を買うたびにねちねち小言を言ってきよる。

 我が息子ながらたまに脳天ブチ割りたくなってしまうぐらいだ」


 怖ぇよ!

 なんだよその親子喧嘩!?

 しかもあれだろ? 多分親父の方が強いんだろうけど、その2人が親子喧嘩始めたら小さな街が1つぶっ壊れるぐらいの規模になるんだろ!?

 そういう不穏な関係になるような発言はお互い慎めッ!


 あとさぁ! ミノタウロスの年齢事情はまだわかんないけど、それはつまり親父が年甲斐もなくオシャレして、それを息子に咎められているってことか?

 見た目ものすっげぇ怖い怪物のくせにして、ちょっと面白い親子事情じゃねーか!

 自然同化魔法を使って、この親子の会話を盗み聞きしてみたくなったわ!


「は、はぁ……」


 しかし目の前のミノタウロスがやっぱ怖いので、俺は返事に困ったように頷くのみ。

 国王とのやり取りで受けた心のダメージがまだ回復していないし、無理もない。

 ところが次の瞬間、力なく椅子にうなだれる俺の頭に、思わぬ感触が襲いかかってきた。


「お前もなかなかいい首飾りをしているな。もしかすると吾輩と気が合うかもしれん。

 吾輩は会議に戻るが、今度吾輩の元を訪れるがいい。中古でよければ吾輩が使わなくなった装飾品などくれてやる」


 そう言って、俺の頭を優しく撫でるラハト将軍。

 手がごつごつしてるし、そもそもその手がめっちゃでっかいし。

 だから一瞬ビクってしちゃったけど、どうやらこのミノタウルスも息子と同じで子供が大好きらしいな。

 しかも俺にアクセサリーのお古とかくれるつもりらしい!

 そうきたか! そんなことされると、こっちもテンション上がっちまうぞ!


「はい! これはオオカミ族のアルメさんが僕の誕生祝いとしてくれたものなんです!」

「あぁ……あの“おてんばワガママ暴力娘”か……。

 そういえばエスパニの護衛役を離れ、息子の教育係に付いていると言っていたな」


 こっちもこっちでひっでぇ言われようだな。

 でも……悲しいことにアルメさんに関しては俺も同感だ。


「はい。今は僕の護衛役になってくれています。さっきバレン将軍のところに行くって言って消えちゃいましたけど」

「そうか。じゃあ吾輩も会議に戻る。またな」

「えぇ。それでは」


 最後に短く挨拶を済ませ、でっけぇミノタウロスが部屋を出て行った。

 ちなみに俺はアルメさんを“教育係”などとは認めん。

 俺の身の回りの世話もしてくれたりしているが、その大半についても他の使用人さんたちがやってくれている。

 なんだったら最近俺がアルメさんを寝かしつけているし、そういう意味では俺がアルメさんの世話をしていると見なしてもいいぐらいだ。

 だからアルメさんはあくまで俺の“護衛役”ってことで。


「もぐもぐ……ただ今戻りましたぁ。見てください。バレン将軍に美味しい果物貰っちゃいましたぁ!」


 数分後、アルメさんがそう言いながら姿を現したので、怒りを覚えた俺はアルメさんに殴りかかることにした。


「アルメさん! むっかつくッ!」


 しかしながらアルメさんにはやはり敵わず、カウンター気味の蹴りを受けたところでこの日の王族遭遇イベントは終了。

 国王親子やラハト将軍と会うことが出来たし、むしろいい繋がりが出来た気もするので、結果オーライだろう。


 唯一……そだな。

 国王が部屋に乱入してきた時から部屋を出るまで、入り口の脇から終始俺を睨んでいたヴァンパイアがいた。

 いや、睨んでいたというか、舐め回すような視線だというか。

 どっちとも受け取れる――しかしながら確実に悪意のこもったあの視線だけは、レバー大臣との話し合いの最中もなかなか頭から離れなかった。





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