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血まみれの悲槍編 9


 打ち合わせなんてしてる場合じゃねぇ。

 敵から一番近い位置にいたフライブ君に対し、数十の斬撃や刺突、そして鈍器による殴打や攻撃魔法が襲いかかる。

 剣山が半球状にフライブ君を包んでいるように錯覚させるほど、息の合った一斉攻撃だ。


「おわ! おわおわ! おっと!」


 しかしながらフライブ君はそれらの攻撃を四肢の先から長く伸びた爪や鉄製の鎧、そして同じく鉄製の籠手や脛当て、んでもって獣人特有の身のこなしで一撃ずつ丁寧に対処する。

 同時にフライブ君は包囲の緩みを見つけてそこから後方に脱出した。


 もちろん敵はフライブ君を逃しはしまいと追撃を行う。


 しかしその頃にはヘルちゃんがフライブ君の援護に入り、回避するフライブ君と入れ替わる形で敵の正面に回った。


「臓物ブチまけて死にやがれーぃ!」


 毎度おなじみの下品な叫び声とともに魔法のステッキを横一線。

 数人の人間の胴体が汚い切り口を見せながら真っ二つになった。


 うん。あのステッキは先端にきらきら光る石が飾り付けてあるだけでそれ以外はただの棒だ。

 でもヘルちゃんのスイングスピードが速すぎたせいで、人間の体は真っ二つだ。

 しかも一振りで数人。


 この数百人は先頭切ってこっちに来ただけに、人間たちの中でも俊敏さの高い兵士たちなのだろう。

 それだけに俺が危惧していた重装歩兵並みの防具を纏ってはいなかったけど、一応急所を守るような鉄製の軽装はしている。

 いつも通りの薄着に黒マントを羽織っただけの俺よりは、十分立派な装備といえよう。


 そういえば鎧とか兜とかについては全然考えていなかったな。

 ピッカピカの剣とプロトタイプの鉄砲を手に入れてウッキウキだったからな。

 この戦争が終わったらバレン将軍みたいなカッコイイ鎧を親父に入手してもらおう。

 フライブ君だってかっこいい鎧着てるし、俺もあーゆーの欲しいな。


 じゃなくて!

 ヘルちゃんはそういう敵の防具も含めて真っ二つにしやがったんだ。

 なんつー腕力だよ。

 肉の飛び散り具合がおぞましくて、必要以上に残酷な光景だったわ。


 とはいえ、敵も然る者だ。

 後続がすぐさまヘルちゃんに襲いかかろうとした。

 今更だけどこの人間たちも魔力を使えるらしく、その魔力で身体能力を強化して5メートルぐらいは普通に跳んでいる。

 ヘルちゃんの餌食となった味方の体を綺麗によけながら、フルスイングの後に態勢を立て直そうとしていたヘルちゃんの隙を突こうとしたんだ。


 そして、そういう輩はガルト君の餌食になる、と。

 あの殺し屋、ヘルちゃんがばらばらにした人間たちの体が地面に落ちるまでのわずかな時間にその陰に隠れ、ヘルちゃんに襲いかかる人間たちをナイフのような短剣で、横からグサグサと刺し殺した。


 その頃には背後に跳躍していたフライブ君が再度前方に跳び直し、ガルト君と一緒に接近戦を始め……おっと。ここで王子とドルトム君のコンビの出番だ。


「左は余がやる。右はドルトム? おぬしに分けてやろう」


「ん? わ、わかった」


 王子とドルトム君はそんな会話をしながらフライブ君たちを飛び越し、最前線に躍り出る。

 その跳躍の途中にドルトム君が王子の背中から離れ、俺は少しばかり喜んだ。


 ――じゃなくてここからの王子がすげぇ。


 隊列が縦長に伸びていた敵兵たちに向けて、そのど真ん中を突っ切る突進。しかも、頭から伸びた角を右側に傾け、その角で敵兵を切り裂きながら一瞬で200メートルぐらい移動しやがった。


 そう。王子の角は先がとんがっているだけじゃなくて、その根元から先端にかけてらせん状の紋様がある。

 ドリルを想像させるその紋様の凹凸も刃物のように鋭利で、この部分と、あと圧倒的な跳躍力で人間たちを撫で切りにしやがった。


 バレン将軍の肘についていた傷は円形だったから多分角の先端をぶっ刺したんだろうけど、こういう使い方もできるんだな。


 結果、敵兵たちのど真ん中には王子が突撃した跡の道ができ、その右側は血しぶき舞う惨状だ。

 モーゼの十戒で海が綺麗に割れたあの光景みたいだな。


 なんてことを言ってふざけてる場合でもなく、ここでドルトム君が地面に着地し、王子の軌跡の左側にいた兵たちに向かって手を掲げた。


「え……えい!」


 掛け声は可愛いけど、ドルトム君の手のひらから放たれたのは、火炎放射器のような方位攻撃型の炎系魔法だ。

 肉の焼ける音と、悲痛な叫びが幾十も重なり、ここまでの攻防で数百の機動部隊っぽい敵兵たちの3割近くが死傷した。


 味方の被害はというと、もちろん皆無。

 各々、多少の魔力消費はあるだろうけど、それ以外の被害は皆無。

 フライブ君たちのような子供でもこの戦いっぷりだ。


 圧倒的過ぎんだろ。

 いや、今戦っている敵はあくまで俊敏性の高い人間たちで構成された部隊だろう。

 だからこそここまですぐに迫ってきたし、フライブ君たちにすぐさま殺された。

 でもその向こうで陣形を整え、こちらにゆっくり迫っている数千の部隊は違う。


 陣形の最前線付近には銀色に輝く鎧で全身くまなく包んでいる兵が並んでいるし、後方には弓矢や杖を持っているやつらが確認できる。

 杖を持っているやつらはおそらく遠距離攻撃魔法とかが得意な兵かな?

 んで陣形の両脇には、サーベルタイガーのようなおぞましい魔獣に乗った騎兵隊っぽいのも並んでいる。

 もちろんこっからが本番だ。


「あら? あの子たち、なかなかやりますね。さすがバーダーさんの教え子たちです」


「ふふふ。あいつらの力はまだまだあんなもんじゃありませんぞ。

 フライブがまだ遠吠えをしておりませんし、ガルトの魔力にもまだ殺気が込められていない。

 そもそもヘルタが防御魔法を発動していません。

 敵の奇襲にさすがのあいつらも戸惑ったようですが、もう態勢を整え直したようです」


「そうですね。ではそろそろ我々も」

「そうですな。あっ、でも戦いながらで結構ですので、ドルトムの声を聞き逃さないようにしておいてください。

 タカーシもな?」


「ん? ……はい、分かりました」


 ドルトム君の声?

 そりゃまぁ魔力に乗ったドルトム君の声は今もはっきり聞こえるけど……なんで?


 しかし……


「死ねー! 魔王の手先がぁ!」


 俺は気づいてなかったけど、ドルトム君たちが取りこぼした敵兵がドルトム君たちを迂回する形でこちらに近づき、崖の下から急に姿を現した。


「ぎゃ!」


 悲鳴を上げたのはもちろん俺だ。

 マジびっくりした!

 急に足元から出てくんだもん!

 あとぶっちゃけ俺まだなんにもしてなかったから、まだ全然心の準備出来てないんだってば!


 でもさ。

 俺が驚きながら新品の剣を抜こうとした、そのわずかな間。

 本当に一瞬だ。


「ふん! よし、では行きましょう」


 バーダー教官が手に持っていた金属製のどでかい棍棒を振ったと思ったら、その軌道に存在していた敵兵の体が棍棒の太さの分だけ消えてしまったんだ。

 そんで、少し遅れて、離れた所に生えている木の枝に、肉の塊がどすどすと落ちる音が聞こえてきた。


 これ、さっきのヘルちゃんみたいな攻撃なんだけどさ。

 2人が持っているのは鈍器なのに、スイングスピードが速すぎるせいで刃物のように敵の体を真っ二つにしちまうんだ。

 でも、ヘルちゃんはおぞましい切り口。バーダー教官はそれ以上のスピードで棍棒を振ったから、こんな感じだ。

 やられた相手も、胸から腰のあたりまでが綺麗さっぱりなくなっているのに、それに気付かずに武器を振り下したほど。

 まぁ、その攻撃はバーダー教官の体を包む魔力に防がれたけど、なんて残酷な攻撃だよ。


「はい! タカーシ様も行きますよ」


 もう、アルメさんの言葉に答える気にもならねぇ。

 俺は崖を降りる2人から離れないように、慌てて後を追う。

 んで30メートルぐらい下に降りたら、まずはさっきまで見下ろしていた死体の海の光景だ。

 でもそんなもんに怯えてる場合じゃない。

 俺たちも早速敵に囲まれ、それどころかバーダー教官とアルメさんが戦いながらフライブ君たちの方へ向って走り出しやがった!


「おい! こっちにヴァンパイアがいるぞ!」

「ヴァンパイアのガキめ! 成長する前に始末しないと!」


 しかも人間たちがめっちゃ俺に注目してるーぅ!


「ごごご、ごめんなさい!」


 そりゃ謝っちゃうよな。

 何を謝ればいいのかはわかんねぇけどさ!

 怖い! 怖いって!

 よし! どう戦えばいいのかわかんないけど、とりあえず魔力をフル放出だ!


「化け物がァ!」

「死ねー!」

「昼に会ったが運の尽きだなぁ!」


 あぁ……大の大人が数人、怯える子供にリンチを行うなんて。

 ヴァンパイアだからって、そんな鬼の形相で襲いかかってこなくったっていいだろうがよ。

 俺がお前らに何したよ?


 なんかあれだな。

 つい最近まで人間の社会的地位について悩むことが多かったけど、今はむしろヴァンパイアのそれについて問題提起したくなってきた。

 南の国の人間。

 こいつらどういう教育受けてんだ?

 それ、立派な差別だぞ?


 いや、戦争で敵対し合っている時点で差別どうこうという問題じゃないけどさ。


 あとさ。


「うらァ!」

「痛ッ!」


 剣を持ちながらおろおろしていた俺の体に敵の槍が襲いかかってきたんだ。

 それで、俺も思わずリアクションしちゃったんだけどさ。


「あれ……?」


 痛くねぇんだわ。

 そう、さっき放出した俺の魔力がやつらの攻撃を無効化してんのか、俺の体自体が堅いのかわかんないけど、全然痛くないんだわ。

 軽く小突かれた程度の感触なんだわ。


 ほーう。


 これが人間と魔族の力量差か。

 やっぱそうなるのか……。

 じゃあさ。そう怯える必要もないよな。


「えい!」


 とはいっても、このまま何もやり返さないのもなんかむかつく。

 なので俺は剣の刃の向きを横にして頭上に振りかぶり、ちょっとジャンプして目の前にいた人間の頭に振り下した。

 ヘルちゃんのように骨を肉ごと破壊するのも嫌なので、手加減しつつの一撃だ。


 でもこの一撃で敵は悶絶してくれた。

 とはいえ兜も壊れていないし、まぁ時間がたったら意識を取り戻すだろう。


 と思ったら、他のやつが俺に迫ってきている。

 あぁッ! もう!

 そもそも打ち合わせするとか言ってたじゃんよ!

 どうすんだ、これ? こんな無計画に乱戦し続けなきゃいけねぇのか?


 最悪でも、こう……誰がどういう役目をするとかさ。

 あと、進撃のペース配分とかさ。

 そういうの決めてから戦った方がよくね?


 っておい!

 バーダー教官とアルメさんがすげぇ遠くに行ってるゥ!

 つーか、あれ? フライブ君たちとの距離も離れてるんだけど!

 俺置いてかれてねぇか!?

 それはさすがにひどいだろ!


「ふぇっへっへ。子供のヴァンパイア……いい値で売れそうだ。

 しっかしこの顔……これは売る前にいっちょ楽しまねぇとな!」


「隊長、相変わらずお好きですなぁ。

 しかし子供といってもこいつはヴァンパイア。気をつけて捕獲しましょう」


「わかってらい!」


 その時、変態さんが2人ほど俺に近づいてきた。

 顔立ちが東洋人っぽかったので少し話をしてみたかったけど、舐めまわすような視線で俺を見てきたので、その案は却下だ。

 俺は“しゅっ”って動いて距離を詰め、片方の人間の肩のあたりにさっきより強めの力で剣を振り下した。


「がぁ……」


 骨の折れる鈍い音と鈍い声を響かせながら相手は崩れ落ち、俺は剣を一度鞘に収める。

 今度はパンチとキックによる攻撃をしてみたかったからだ。


「えい!」


 でも俺が2人目の膝のあたりに軽く殴りかかると、それも鈍い音をたて、相手は悲鳴を上げた。

 つーか、膝が反対に曲がっちゃったな。ちょっとやりすぎたか。

 まぁいいか。


「さて、さっきまで僕を売ろうとしていたあなた?」


「ひぃ! お、お助けをッ!」


「逆に、奴隷として僕に売られるか。

 または食用の肉にされるか。

 あと、このまま動かないであなた方の本隊が到着するのを大人しく待つか。

 どれがいいですか? もしここで静かに待つなら殺しはしませんけど」


「こ……ここで待ちます! 静かに待ちます! ですから」


 ふーん。まぁそうだろうな。

 でも、俺もあんまり人殺しはしたくないし、こいつは見逃してやるか。


「いいでしょう。ではここで死んだふりをしていてくださいね?

 ほら? そのまま伏せて。

 ちなみに僕たちはあの軍を壊滅させるつもりですので、今あっちに戻るとどの道死にます。

 そうですねぇ……今日の夜。そう、周りが暗くなってからどこか別の場所に逃げてください。

 わかりましたか?」


「はい! あり……ありがとうございます!」


 よし。なんかいい事した気分だ。

 じゃあそろそろ俺もみんなに追い付かないと。


 と俺は改めて周りを見る。

 うーん。のんびりしてたら、50人ぐらいに囲まれてんだけど。

 まぁ、相手は俺にビビって10メートルぐらいの距離を取ってくれてるから、慌てる必要ないんだけど。


 そうだな。あんまり殺したくないし。

 よし……ここは自然同化魔法で行くか。

 あれなら敵に気づかれずにみんなの所に戻れるだろう。


 しかし……


「ヴァンパイア様?」


 人間がまた話しかけてきやがった。

 うるっせぇな。こっちはいろいろ考え事してんだよ。

 てめぇは死んだふりしとけよ。


「ん? なにか? これ以上あなたに施しをするつもりはありませんよ? あとは自力でなんとかしてください」


「いえ、そうではなくて……」


「ん? じゃあなんですか?」


「あなたは……」


「ん……?」


「あなたはなぜ“日本語”を話しているのですか?」





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