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血まみれの悲槍編 10


 え? え?

 今なんつった?

 日本語?

 あんた、今“日本語”って言った?


 どういうこと?

 この世界には“日本”という単語が存在するのか?

 じゃあ何? もしかして日本という国……いや、その可能性は低いけど、日本と深い関係の持つ何か――例えば、文化とか資料とか、または日本人の集団とか、そういうのが存在するの?


 つーかなんで俺が日本語をしゃべっているって分かった?


 えーと……。

 この世界には魔力による言語翻訳機能があって……そんで、それによって俺は家族や友人と会話をすることが出来て……。

 だからフライブ君たちが俺に話しかけるとき、口の動きは日本語のそれじゃないけど、脳から脳に直接語りかけるようなレベルで俺は相手の言葉を理解しちゃうから、逆に相手の口の動きも言葉の内容とワンセットで俺の脳にすんなり入り込んじゃって。

 だから相手の口の動きとその発言内容に違和感は感じない。


 なのにこの人間は俺の口の動きにより、俺が口にしている言語が日本語だと理解した、ということ?

 でもこの翻訳機能は意外と高性能だから、口の動き云々いう前に“そういうもの”だと脳に強制的に理解させちゃうものだ。

 だから口の動きだけで相手の言語を特定するなんて無理なはず。

 いや、もしかするとこの世界にはそういう技術もあるのかも……?


 または……単にこの人間の魔力が尽きて……でも、こいつはそんな状態で俺と会話をしていたから、シンプルに聴覚だけで俺の声を聴くことができ……


 えぇーい! まどろっこしいわ!

 俺、焦りすぎだろ! そんなの本人に色々聞けばいいじゃん!

 運のいい事に周りの兵士たちは警戒して、俺の次の動きを待ってくれているからなぁ!


 日本! 俺の生まれ育った日本ッ!

 戦場のど真ん中だけど、その件については何事にも勝る重要事項だ!


「何でですか? なんであなたは日本のことを!?」


 俺は即座に人間の腕をつかみ、相手の体を起こす。

 相手は少し驚きながらも俺の質問に答えてくれた。


「わ、私は……西の国の“ジャッポン村”の生まれでして……ぐぅ……ひ、膝が折れて……痛い」


 知らんがな! 膝の骨折ぐらい、我慢しろや!

 いや、それやったの俺だけども!

 そんなこといいから、もっと情報よこせ!


「我慢してください! それよりその“ジャッポン村”というのはどこに?」

「いえ、ジャッポン村はもう……」


 どうでもいいんだけどさ。

 ジャパンでもなけりゃ、ジャポンでもない。もちろんニッポンでもない。

 でもどことなくそれらの名残りを匂わせる村の名前。それ、ぜってぇ日本に関係あんじゃん!

 あとどうでもよくないんだけど、その言い方ってあれじゃね? “もうその村はない”みたいな話になりそうじゃね!?


 待ってくれ!

 なんでもいいから情報を!


「そ、そのジャッポン村が? その村がどうしたんです!?」


 ところが次の瞬間に、とんでもない絶望が俺を襲うこととなった。


「タカぁーシぃー! 教官様が作戦会議するから一度集まれっておっしゃってましたわよーぅ!

 タカーシだけ離れすぎて“声”が聞こえなくなっていたから迎えに来っましたわーぁ!

 あら、こんなところに生き残りが……えい!」


 そんで俺の目の前にあった人間の頭が花火のように周囲に散乱した。

 その血しぶきを浴びながら、俺は言葉を失う。


「え?」

「だから、迎えに来ましたわ!」

「え……?」


 このバカ、空中をぴゅーって飛びながら俺たちのところに近づき、俺のそばに着地するや否やその人間を撲殺しやがった!

 おいっ! なんてことしてくれんだよ!

 大切な情報源だったんだぞ!


「な、なんてことするの!? 今大事な話し合いしてたのにッ!」

「あら、そうでしたの? それはごめんなさいな。その人間がタカーシに手を向けていたからてっきり攻撃魔法を発動しようとしているものかと」


 俺が彼の腕をつかみ上げてたんだよ!

 その腕の先が俺の体に向けられていたかもしれないけど、それは偶然で……むしろ戦場には似つかわしくないぐらい、俺たち平和的な会話を……あぁ! こんちくしょう!

 ほんと何してくれたんだよ! マジ信じらんねぇ! このタイミングでそれやるか普通ッ!?


「ヘルちゃん、あったまきた! えい!」


 ここで思わず手が出てしまったのは仕方のないことだろう。

 王子とドルトム君の決闘騒ぎの時に石を投げ付けてしまったばかりだったので、ヘルちゃんに対する暴力のハードルが下がっていたのも理由の1つだ。

 こんな幼い女の子の後頭部に平手で『ぺしん』って。

 結構外道だけど、うん。仕方ない。


「いったぁ……てめぇー! くぉるらぁー!」


 あと次の瞬間にヘルちゃんの反撃が来たのも……うん、仕方のないことなのかな……?

 こっちはこっちで魔法のステッキを思いっきりフルスイングしたため、『ごん!』って音とともに俺の頭部に鈍い痛みが走ることとなったけど、まぁ、仕方ない。

 つーか、マジ痛ぇって。

 さすがのヴァンパイアも、戦闘モードの妖精さんの一振りは身に染みるな。


「ぐぉぉおぉおぉ! 頭がァ! 頭が割れるゥゥウゥゥゥ!」

「やかましい! 少しは落ち着きなさいな! 戦闘中だからといって敵味方が分からなくなるほど興奮しちゃダメですわ!」


 ある意味さっきのお前は俺にとっての敵だったけどなぁ!

 一瞬だけ親のかたき並みに憎らしかったわ!


 あーぁ……もう……せっかくいい情報が手に入りそうだったのにぃ……もう、ヘルちゃんのバカ野郎め……。


「ぐぅ……わ、わかった。ごめんなさい」


 でもこんな流れにも関わらずヘルちゃんに謝罪してしまう俺も臆病で、それでいて結構なバカだと思う。

 だって戦闘中のヘルちゃんって怖いんだもん。

 くっそ。じゃあこの件はひとまずあきらめるか。

 まぁ、情報源たる人間が死んじゃった以上、あきらめるしかないんだけどな。


 それで……なんだって? バーダー教官が俺を呼んでいるって?


「うぅ……頭がふらふらする……んで何? バーダー教官が僕のこと呼んでたの?」

「えぇ。タカーシだけどっか行っちゃったから。教官様が私に呼んできてくれって」


 あっ、それちょっと違うからな。

 あの2人が俺のこと置いて行ったんだって。

 最悪思いっきり前向きに考えてみると、バーダー教官がそういうスパルタ教育を俺に試みたともいえる。

 でもアルメさんはさ、俺の身を守るべき立場じゃん。

 そうだな。後でアルメさんを責めておかないと。


 まぁ、そんなことしてもアルメさんから返り打ちをくらいそうだけどな。


「うん。分かった。でも……それってもしかして……この敵のど真ん中を突っ切るってこと?」

「当たり前じゃないですの。ほら、早くしないと陣形を整えたあっちの大軍がこっちに来ますわよ。その前に作戦会議終わらせないと」


 マジかぁ。

 バーダー教官たち、俺がここでちんたらしている間に相当前の方まで進軍しちゃったから、ここからあっちに行くまで多分200ぐらいの敵兵がいるんだよな。

 それを突破しろってか。


 うーん。どうしよ……?

 ここはいっそ、ヘルちゃんの背中につかまって。

 んで空をびゅーんって飛ぶ感じで運んでもらおうかな。


「さぁ、行きますわよ。さっさと自然同化魔法発動して私の後衛を務めなさいな」


 あっ、でもヘルちゃんは敵兵ぶっ飛ばしながら突っ切るつもりらしい。

 しかも俺に自然同化魔法の指示まで出しやがった。


 そだな。確かに気配を消しちゃえば、敵兵の意識はヘルちゃんに集中することになる。

 でもヘルちゃんの後ろを守れということは、俺だけこそこそ逃げ回るのは許してくれないということか。


 じゃあ……よし。

 ここは気を取り直して……とりあえずみんなのところに戻るとするか。


「了解。でもこんな闘いは初めてだから、ヘルちゃんあんまり僕のこと頼りにしないでね?」

「当然ですわよ。タカーシこそ気をつけて戦いなさいな。あなた、まだ生まれたばっかりなのだから私がしっかり守って差し上げますわ」


 おっと。

 すっげぇ意外だったけど、この戦いが初陣である俺のことを気にかけてくれているっぽい。

 くっそ。イラつくことも多いけどやっぱ優しい子だな、ヘルちゃんは……。


 なら、その気持ちに甘えようか。

 でもこっちだってヴァンパイアの端くれ。なめんじゃねーぞ。


「うーん! ぐっ!」


 俺は全身に力を入れて魔力を放出。さらにその魔力を“ぎゅっ”ってする感じで自然同化魔法を発動させた。


「ヴァ、ヴァンパイアのガキが消えたぞ!」

「気をつけろ! 幻惑魔法とやらを発動したのかもしれん!」

「いや、オベロン族のガキも気をつけろ! とてつもない魔力だ」

「うっ、来るぞ!」


 残念ながら幻惑魔法を使ったわけじゃねぇよ。

 あっ、でも後で幻惑魔法も使ってみよう。

 人間相手にどれぐらいの効果があるのか試しておかないとな。

 さてと。


「タカーシ? 用意はできました?」

「うん」

「じゃあ行きますわよ?」

「うん」


 俺たちの周りを囲んでいた人間たちがびくびくしながら好き好きに発言し、俺たちは俺たちで短く会話を済ませる。

 ヘルちゃんが地面を強く蹴り、俺もそれに遅れまいと動き出した。


「このぼけなすーッ! あほんだらァ!」


 ヘルちゃん、やっぱすげぇな。

 いや、下品な叫び声じゃなくて、強さの方な。

 いつも通り魔法のステッキ振り回してるだけなんだけど、こう、真後ろからじっくり観察してみるとやっぱすげぇわ。


 空を飛べない俺のために選んだのか。またはただ本人が虐殺を楽しみたかっただけなのか。

 そこらへんは分からないけどヘルちゃんは地上戦を選んでおきながら、たまに羽をパタパタさせて空中で停止したり、または重力の法則に逆らうような身のこなしをしながら、敵の攻撃を避けてやがる。

 しかも妖精さんっぽくちょいちょい攻撃魔法を使ってるんだ。


 火、雷、土、風、そして水を凍らせたつららのような氷。

 なんだよ。ヘルちゃんって魔法すっげぇ上手だったんじゃん。

 こんなに上手く使いこなせるんだったら訓練の時も見せてくれたっていいじゃんよ。

 なんで今まで隠してたの?


「ふーぅ……やはり攻撃魔法はまだまだですわね」


 いや、いっぱい殺してっから! 十分通用してんじゃん!


「こんなんじゃ、教官様の薄皮一枚ひんむくことはおろか戦術の選択肢としても使えませんわ。

 もっと……あのでくの棒を“殺る”ためには攻撃魔法をもっと鍛えないと」


 き、聞こえなかったことにしておこう。

 うんうん。向上心は大切だからな。これは素敵な向上心と今の興奮状態がもたらしたちょっとした暴言だ。

 忘れよう。


 でもそれはつまりヘルちゃんのこの攻撃魔法をもってしても、バーダー教官にはそよ風程度の威力にしかならないということか?

 だから普段の訓練ではヘルちゃんが一番得意な腕力一本の殴打戦に絞っていたとか。

 結構きつい自己縛りしてんじゃねーか。

 この子、いっつもふざけているだけのただの悪ガキってわけじゃないのかも。


 しかもヘルちゃんはちょいちょい後ろを振り返って、俺が無事についてきているか確認してくれている。

 この乱戦の中、よくもまぁそこまで気を遣えるもんだ。

 さっき俺に後衛を任せるとか言ってたけどさ。

 そんなの必要ないってこと、ヘルちゃん本人も知ってたよな?

 あの発言は俺に対するちょっとした配慮だったってことか?


「大丈夫だよ。ちゃんとついて行くから」

「そうですわね。そもそもあなたはヴァンパイア。この程度の乱戦でへこたれるような魔族ではありませんでしたね」

「うん! 大丈夫!」


 いや、ヘルちゃんの攻撃を受けた人間たちの体がすんげぇ勢いで周りに散乱している光景にへこたれそうだけどな。


 ちなみにヘルちゃんは妖精なので俺の自然同化魔法が効きにくい。

 なので会話もできるし、ヘルちゃんには俺の体も見えている。

 国王の手から逃げた時みたいに俺が全力の魔力で自然同化魔法を発動したら、もしかするとヘルちゃんにも効くかもしれないけど、魔力の無駄遣いはしたくないので、今の俺は周りの人間たちを騙せる程度の魔力放出量だ。


 でも、そろそろこの光景にも慣れてきた。

 じゃあ、俺に配慮してくれたヘルちゃんに悪いけど、一応俺もここで戦力として役に立ってみるか。


「ヘルちゃん?」

「はいな?」

「僕、ちょっと“幻惑魔法”使ってみたい。いいかな?」

「え? あ、はい。いいですわよ。でも……」


 その時、ヘルちゃんがふと横にずれてくれたので、俺がその先の光景に気づく。

 とてつもない魔力を放つバーダー教官やアルメさんが、フライブ君たちとともに殺戮地獄を開催していた。

 敵味方が入り乱れる空間に恐る恐る足を踏み入れると、バーダー教官が敵を蹴散らしながらヘルちゃんに話しかけた。


「おう、ヘルタ。タカーシの出迎えご苦労。タカーシもそこにいるのだろう? 大丈夫か?」

「えぇ、教官様。タカーシもここにいます。ほらタカーシ? 一度自然同化魔法を解除なさい」


 ん? あれ?

 もしかして、バーダー教官も俺のことが見えてない?

 ちょっと魔力強すぎたかな。

 まぁいいや。じゃあ……。


「ふーう」


 俺は深く息を吐きながら魔力を弱める。

 バーダー教官が俺の存在に気付き、フライブ君たちも敵と交戦しながら「おかえり!」とばかりの挨拶をしてきた。

 アルメさんに限っては俺の体についたヘルちゃんの被害者たちの返り血をぺろぺろと舐めてくれたけど……あれ? なんか忘れてるような……。

 アルメさんに会ったら何かしないといけなかったんだよな。なんだっけ?

 まっ、いっか。


「うむ。無事だな?」

「はい」

「じゃあ教官様? 早速作戦会議をしないと。敵の新手が陣形を整えてこっちに迫ってきてますわ」

「そうだな。でも、ヘルタ? その前に……タカーシに聞きたいことがある。タカーシ?」

「はい?」

「お前、いつから自然同化魔法を他者に使えるようになった?」

「え? 使えませんけど?」


 ……


「貴様たちがここに来る途中、何度かヘルタの気配も消えたんだが。気付かなかったか?」


「え? 私? いえ、そのような認識は……。タカーシ? タカーシは私に何かしましたか?」


「え? え? 出来るわけないじゃん。僕まだ自然同化魔法を全然使いこなせてないし。

 というわけですけど、バーダー教官?」


「むーう。そうか。

 じゃあ、ここに来る途中、タカーシとヘルタの体が触れ合ったりしたことはあったか?

 または魔力の強さや質を意図的に同じにしてみたり……?」


「何度かぶつかったことなら……いえ、ぶつかったというよりは、私が敵の攻撃を回避したところにタカーシがいてくれて、すぐさま私の体をはじき返すことで敵に追撃をしたり……」


「そうだね……そういうのは何度かあったかも」


「じゃああれか? 自然同化魔法を発動している時のタカーシに触れると、その相手も気配を消せるということか……?

 なるほどなるほど。それは便利な……しかし、まだまだ解明できていないことのなんと多いことか。

 自然同化魔法についてもっと真剣に調査せねばなるまい」


 よくわからんけど、こんな状況で俺の自然同化魔法の秘密がまた1つ判明してしまった。


「よし。それは後で考えよう。それよりドルトム? 聞こえるか?」


「うん。ちょっとは……離れすぎちゃったけど……ぎりぎり、き、聞こえるよ……。

 きょ、教官の左斜め前の方向。ガルト君と一緒にた、戦ってるよ」


「あぁ、それは魔力でわかる。しかし“声”を聴くには少し遠すぎるな。

 ガルトも一緒にこっちへ来い。全員で円陣を組みながら作戦会議を始める。

 ドルトム? この部隊の指揮官をしろ」


「う、うん。わかった」


 完全に予想外なバーダー教官の提案が魔力の声として俺の脳に響き、続いてそれをあっさりと承諾するドルトム君の声が聞こえてきた。



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