ムスッとした気配を、ランドルフから感じる。彼が女性一人に対して、独占欲に似た感情を抱くなど、ギルベルトは今まで感じた事が無かった。ヴェンデルガルトの手を握ったまま、ギルベルトは少しおかしそうに小さく笑った。
それほど、魅力的な女性なのだろうか。
「すみません、私は目が見えません。お顔の輪郭を知りたいので、少し触れても構いませんか?」
ギルベルトの言葉にヴェンデルガルトは、自分の手に触れている彼の手を取ると頬に当てた。
「構いませんわ、どうぞ」
ランドルフの気配が、より剣呑なものに代わる。ギルベルトの目が見えていなかったら、掴みかかるかもしれない程だ。
ランドルフの我儘にいつも付き合わされているので、ギルベルトは知らぬ顔をしてヴェンデルガルトの頬を撫でた。声は鳥のさえずりの様に可愛らしく、触れた頬は滑らかで柔らかい。
「金の髪だと聞きましたが、瞳の色は何色なのでしょうか?」
「髪と同じ、金色だ。昔、兄貴たちと見た絵画の様な綺麗な髪と瞳だ」
我慢出来なくなったのか、ヴェンデルガルトが答える前にランドルフが口を挟んだ。
「まるで、天使のようなお方なのですね――ああ、お待たせしました、ランドルフ。食事に行きましょう」
「お城の外でも食べれるのかしら?」
ヴェンデルガルトは、街に出てみたいようだ。しかし、申し訳なさそうにギルベルトは首を横に小さく振った。
「申し訳ありません。今、ヴェンデルガルト様の事を知っているのは城内の者のみになっています。皇帝より許可が出てヴェンデルガルト様の事を皇国内に発表出来たなら、いつでも街へご案内します」
「――そう。残念だけど、今は我慢しますわ。ランドルフ様に、ベルーラという花のスープが美味しいと聞きました。ギルベルト様は、何がお好きなんですか?」
ヴェンデルガルトが楽しそうにギルベルトに話しかけるのが面白くないのか、ランドルフは彼女を中心にするように反対側に立ち、その手を掴んだ。
「私は、ココリットの香草焼きが好きですね」
「ココリット?」
「ヴェンデルの時代にはいなかったのか? 東に生息している、ウサギに似た動物だ。冬が終わると、この辺りにも来る」
ランドルフが説明をすると、ヴェンデルガルトは興味深げに頷いた。
「二百年というのは、やはり長いのですね。知らない事が多くて、楽しいです。まるで、違う世界に来たようですわ」
「それなら騒がしいですが、騎士団の食堂で食べませんか? ヴェンデルガルト様には珍しい食材もあるかもしれません」
「あんなむさくるしい所に、ヴェンデルを連れて行くのか?」
反対だ、と言わんばかりにランドルフが口を挟んだ。しかし、珍しい食材と聞いてヴェンデルガルトが嬉しそうな顔になった。
「構いませんわ! でも、デザートはあります? 私、魔法を使ったので甘いものが欲しくて」
「大丈夫ですよ、騎士たちもデザートを楽しみにしている者が多いので、ちゃんとあります」
「なら、そちらに行きましょう――駄目ですか? ランドルフ様」
大きな金の瞳に見つめられると、ランドルフは何も言えなくなる。「こっちだ」と、ヴェンデルガルトの手を引く。
「有難うございます――なら、こちらの手はギルベルト様に」
「な! ……ったく」
金の目立つ髪の少女にも見えるヴェンデルガルトが、皇国内で有名な紫薔薇騎士団長と白薔薇団騎士団長と手を繋いで歩く。食堂に向かうにつれて次第に増えていく騎士団たちは、その驚くような光景に唖然としていた。
怒ったような顔のランドルフに、笑顔のヴェンデルガルト。そして、楽しげな様子のギルベルト。この光景を見た赤薔薇団の副団長が、笑いながらジークハルトに報告したのはもう少し後の事だ。
奇妙な三人は、ベルーラの花のスープ、チャナという野菜のサラダ、パンとココリットの香草焼き、マルルという実のパイを頼んだ。どれもが、ヴェンデルガルトの口に合ったようだ。料理長は恐縮しながらも褒めてくれるヴェンデルガルトに何度も頭を下げ、騎士たちは花の様なヴェンデルガルトをうっとりと眺めて、中々食堂から出ない。次第に混んできて、昼食を食べるというよりヴェンデルガルトを見に来る騎士たちの姿が多くなった。
「お前ら、飯食ったら仕事に戻れ」
ランドルフが呆れたように騎士たちに言うが、彼らは「まだ、休憩時間です」と譲らない。それを楽しそうに見ていたヴェンデルガルトだったが、慌てたように紫薔薇騎士団員が食堂に入って来た。
「ランドルフ団長! すみません、バーチュ王国から使者が来られました! どうやら、第三王子が訪問されたそうです」
「バーチュ王国? 聞いてないぞ、どういうことだ?」
ランドルフが、より不機嫌そうにその騎士に尋ねた。