「お二人が眠っておられるときに、ギルベルト様が見えられたんです。団長に申し訳ない事をしたから、よければ昼食はヴェンデルガルト様もご一緒に、三人で食べないか? と、伝えて欲しいと仰られていましたよ」
副団長のアルバンが、そう報告した。そんな事があったとは気が付かない程、深い眠りについていたのだろうか。
「そう伝えておきます、とお返事しましたが……よろしかったでしょうか?」
ランドルフが黙ったままなので、アルバンは少し声のトーンを落として彼の顔を窺うように見た。
「っ、あ、ああ……分かった。ヴェンデルもそれでいいか?」
少し間を開けてアルバンにそう返すと、ランドルフはヴェンデルガルトに視線を送った。彼女は微笑んで頷く。
「私も、ぜひギルベルト様にお会いしたいですわ」
何故かその言葉に、ランドルフの心は
「二百年前にはなかったものが食べてみたいですわ。ランドルフ様やギルベルト様のおすすめも、食べてみたいです」
子供っぽい所に、笑みが自然と浮かんで優しくしたくなる。
「なら、このままギルベルトの執務室に向かおう。アルバン、後を頼む」
「了解しました。ですが団長、眠られていたので、マントに皴が……替えられた方がよろしいかと」
その言葉に、くすくすとヴェンデルガルトが笑った。アルバンが渡してくれたマントを羽織り直すと、ランドルフは彼女の手首を掴んで歩き出した。来た時のように乱暴な仕草ではなく――優しく、エスコートする様に。
「ようやく春になったから、ベルーラの花のスープが美味いと思う。綺麗な紫色のスープだ。ヴェンデルの時代にはあったか?」
執務室に向かう途中に、何気ない会話が出来るようになっていた。まるで、少年の時のような爽やかな気分に、ランドルフは照れもするが悪くないと感じている。こんなに屈折した性格になる前に、ヴェンデルガルトと出逢っていたかった。
それに、自分の瞳の色のスープを勧めるなんて、彼らしからぬ言葉だ。
「ベルーラの花? いいえ、聞いた事ないですわ。どんな花なのかしら。ランドルフ様の瞳の色ですね」
嬉しそうに、ヴェンデルガルトは彼を見上げた。ランドルフは少し動揺したらしく、耳が赤くなる。
「甘いが、爽やかなスープだ。花は、大きくて濃い紫色をしている。南の方で採れて、ここまで根が付いたまま運ばれる。枯れやすいからな」
南は蛮族が多く、小さな国を幾つか作っている。それに、魔獣も現れやすい。黄薔薇騎士団のカールと青薔薇騎士団のイザークがよく討伐に向かう。その時に土産としても、持ち帰って来る。その根で繁殖させようとするが、冬が寒すぎて年を越せない。つまり、ここでは育たないのだ。春の味として、バルシュミーデ皇国では貴族に好まれていた。
「南の方との接触は、私の時代ではほとんどありませんでした。今は、交流があるのですね」
「蛮族に会わねぇなら、連れて行ってやるんだが……危険な場所だ」
武闘派のカールと頭脳派のイザークの組み合わせだからこそ、南には向かえる。今の護衛で南をジークハルトが受け持っているが、それはギルベルトが後方を受け持つ意味を含んでいる。ジークハルトとギルベルトは同じ年なので、何かと気が合い呼吸も良く揃った。
そんな話をしていると、すぐにギルベルトの執務室に着いた。ランドルフが、ノックをする。「ランドルフですか?」そう中から声が返ってきたので、「そうだ」とランドルフが返事をしていた。そのやり取りを聞きながら大人しく待っていたヴェンデルガルトの耳に、小さくどこかの部屋のドアが開かれるのが聞こえた。
「……?」
ランドルフが気が付いていないようなので、ヴェンデルガルトは視線を動かして辺りを探した。青いドアの扉が少し開いていた――だが、ヴェンデルガルトが声をかける前に再び閉まってしまう。
そちらに向かおうとしたヴェンデルガルトだったが、白い扉が開いて銀色の髪で目元を包帯で巻いた姿の男が部屋から現れた。
「初めまして――と、申すべきでしょうか? ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガー様。私は、白薔薇騎士団団長のギルベルト・ギュンター・アダルベルトと申します」
そう綺麗な声でヴェンデルガルトに挨拶をすると、片膝をついてヴェンデルガルトの手を取り白い彼女の手の甲に軽く唇を触れさせた。とても目が見えないとは思えないほど、綺麗な動きだった。
「まぁ……とても綺麗な、私のいた時代の挨拶ですわ。初めまして、ヴェンデルガルトです」
ヴェンデルガルトは、思わず嬉しそうな声を上げた。