夢の中で、温かなものに包まれていた気がする。それは、女を抱いても埋められない傷を癒してくれる――希望の様な柔らかくて暖かく居心地の良いものだ。ゆっくり瞳を開けたランドルフはしばらくぼんやりとしていたが、そこが自分の執務室である事だと思い出した――そして、自分がヴェンデルガルトの膝の上で眠ってしまっていた事に。
「! ……ヴェンデ……」
起きようとして、彼は自分を支えながら同じようにすやすやと眠っているヴェンデルガルトに気が付く。いつの間にか、彼女の肩にも自分の体にも薄い毛布が掛けられているのにも気づく。
多分、部下の誰かが眠っている俺達に気が付いて掛けてくれたのだろう。恥ずかしさに、ランドルフは、片手で自分の顔を覆った。
――朝に昼寝してるって、どういう状況だよ……。
ランドルフは、顔を覆っていた手をどけると、自分の上にあるヴェンデルガルトの寝顔を眺めて見た。カールから話を聞いて、十六になる年だと知っている。本来なら、この春に成人式を迎える筈だ。二百年前なら、婚約者もいたに違いない。一緒にいたメイド以外、自分の事を誰も知らない世界――彼女は、不安ではないのだろうか?
絵画以外で、初めて見る柔らかな金の髪。年の割に幼く見えるのは、大きな瞳のせいかもしれない。その金の瞳は、眩しくて神秘的だ。
抱いた女と朝寝はしない主義だったが、悪くないような気がした。そっと腕を上げて、柔らかな頬を撫でる。すると、ヴェンデルガルトはその手にすり寄る様に頬を寄せた。
可愛い、とランドルフは思った。妖艶な女性が好みで、それは彼女とは全く正反対のタイプだ。だが、今までランドルフが気ままに抱いたどの女より、ヴェンデルガルトが愛おしく思えた。
まさか、魔法をかけられたからか?
それだと、彼女に治癒された人全員が彼女に惚れることになる。ランドルフは、ヴェンデルガルトを見つめる為に理由を考えた。しかし、答えは出ない。考えられるのは――金や地位に目がくらみ自分に近付いて来た女ではないことくらいだ。そもそも、彼女の力を望んだのは自分だし、ヴェンデルガルトの世話はカールに任せたくらいだ。
「最初から、俺が……」
カールは、自分以上に彼女の優しさや寝顔を見ているに違いない。笑いかけて貰っているだろう――そう思うだけで、何故か苛立つ気持ちになった。
――しかし、今は俺の腕の中だ。
いつ振りかの穏やかな、この時間。たまには悪くないな、とランドルフはもう一度瞳を伏せた。
「――団長、そろそろ起きて頂けますか?」
困った声は、副団長のアルバンだ。もう一度覚醒したランドルフは、今度は体を起こした。今度はヴェンデルガルトの膝ではなかった。ヴェンデルガルトは、彼の正面のソファに座って微笑んでいた。
「ヴェンデルガルト様、大丈夫でした?」
「ええ、有難うございます」
大丈夫ってどういう意味だよ、とランドルフは内心で反論する。ムスッとしたまま体を起こすと、何だかすっかり疲れや長年の心のもやもやが落ち着いていた。
「あれって、魔法なのか?」
「そうです。随分お疲れだったんですね、ランドルフ様。ゆっくり出来たようで、安心しました」
「団長、魔法をかけて貰ったんですか? すごいですね、どうです?」
アルバンは、その言葉にランドルフに好奇心がこもった視線を向けた。今、治癒魔法を使えるものはこのフーゲンベルク大陸にほとんどいない。学ぼうとしても、『素質の魔力』が備わっていなければ習得できないのだ。
「悪くねぇよ。体が軽くなった気がする」
それは、間違いない事だ。伸びをして、ランドルフはすっかり冷めてしまった紅茶を一息で飲み干した。「行儀が悪いですよ」と、アルバンが注意をするが無視をした。
「ま、今日は諦めるか。良かったら、一緒に昼飯でも食わねぇか? ヴェンデル」
自分を愛称で呼ぶ事に代わったランドルフに、ヴェンデルガルトは少し驚いたようだ。大きな瞳が、きょとんとなる。だが、すぐに小さく笑って「はい」と頷いた。
「団長、それでしたら――」
アルバンが、思い出したように口を開いた。それは、意外な言葉だった。