「やあ、ヴェー! 君と食事が出来るなんて、嬉しいよ」
部屋を訪れたイザークは、綺麗な顔をしているのに微笑むのが何処か不器用で、笑顔を向けられるとひやりとする。「プレゼントだよ」と渡した箱には、秋に咲くダリエの花を刺繍したハンカチが入っていた。ダリエは、亡きバッハシュタイン王国の国花だ。刺繡が使われているのも、懐かしいものだ。
「素敵なプレゼント、有難うございます。どうぞ、隣の部屋で準備しています」
ヴェンデルガルトが案内をしようとすると、イザークはすっと手を伸ばしてヴェンデルガルトの手を握った。
「城内も、用心しないとね」
カールが見たらまた怒り出すだろうと思いながら、カリーナは隣の部屋を開けた。テーブルは端と端で向かい合う様にセッティングされていたが、イザークは細い顎に指をあて僅かに首を傾げた。
「席、変えてくれないかな? 僕の席は、ヴェーのすぐ横でいい」
「しかし、狭くなってしまい……」
「大丈夫。グラスを倒したりして、君たちの仕事を増やす気はないから」
やんわり断ろうとしたカリーナの言葉を遮り、イザークはそう言い切った。結局席を大幅に変えてヴェンデルガルトとイザークは横並びに座った。
夕食は、イザークの要望を入れてある。食前酒は、メロのお酒。ザビーのテリーヌとバハードのサラダ。フラックのコンフィ、エッカのケーキが揃えられた。
「まあ、これスカーかしら?」
「これは、スカーから進化して新しい魚になったフラックという別の魚だよ。スカーはもう絶滅してしまったから、食べたくなったらフラックを頼むといいね」
イザークはヴェンデルガルトが食事をする様子をにこにこと眺めていて、彼女の知らないものがあると丁寧に説明をしていた。
「イザーク様、私の治癒魔法はちゃんと効きました?」
昼過ぎの怪我を思い出して、慌ててヴェンデルガルトはイザークに向き直った。彼女の顔を正面から見つめると、イザークはまたぎこちない笑みを浮かべる。
「勿論だよ。君の魔法は暖かくて輝いていて、とても気持ちのいいものだった――傷跡が気になるなら、僕の身体を見る?」
「だ、大丈夫ですわ! 怪我が治ったのなら、安心しました」
ここで騎士服をまた脱ぎそうなイザークが立ち上がりそうになるのを、ヴェンデルガルトは慌てて手で彼を押さえた。ふふふ、と不気味な笑みをイザークは浮かべた。そうして、ヴェンデルガルトの指に自分の指を絡めて握る。
「あの……イザーク様は、私を知っているのですか?」
「それはどういう事かな? 可愛いヴェー?」
薔薇騎士団で一番線が細い体躯で年齢が近いだろう彼だが、やはり剣を握る手は固くて大きい。
「私の好物や、私が眠る頃の風習などをよくご存じのようで――書物で学ばれたのですか?」
「君が卵から姿を現した時に、その金の髪を見てから学んだよ。魔術には興味があったし、どんな魔法が使えるのか気になってね。でも、カールとダンスをしたりランドルフと昼寝したり、ギルベルトが君に求婚したいという姿を見るのは――正直、面白くないね」
それを聞いて、ヴェンデルガルトは驚いたような顔になる。目が覚めてから、イザークはヴェンデルガルトを見張っていたというニュアンスの言葉だったからだ。
「君の事は、僕が一番知っているのに――君が産まれた時は『青い瞳』だった事も知っているよ?」
指を絡めて握るイザークの指の力が強くなる。ビルギットは、慌ててヴェンデルガルトの傍らに寄り添う。
「古龍から魔力を貰って、金色の瞳になったんだよね? ――コンスタンティン。君がこの世に産まれてくるのをずっと待っていた、最後の龍」
ヴェンデルガルトもビルギットも、驚きで表情がなくなる。それは、古龍と一緒に過ごした二年で知った――ヴェンデルガルトとビルギットしか知らない事だった。
「心配しないで、僕は君たちの敵じゃない。むしろ、ヴェー。僕は君を、愛している。僕がこの退屈な世界で生きる、たった一筋の光なんだ」
指を絡めていない方の腕で、イザークはヴェンデルガルトの柔らかい髪を撫でた。不安そうに、ヴェンデルガルトは震えながら口を開いた。
「――イザーク様……もしかしてあなたは、コンスタンティン……なの?」
「残念ながら違うけど、そうありたいと思っているよ。ねぇ、ヴェー。今夜は月が綺麗だ。少し眺めに行かないか?」
イザークが何をどこまで知っているのか気になるヴェンデルガルトには、断る言葉はなかった。