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第32話 騎士団の聖女様

 医務室に向かうと、怪我をした騎士たちがベッドに横になったり椅子に腰かけて、疲れた姿をしていた。

「ああ、ヴェンデルガルト様! 感謝します」

 ジークハルトと共に医務室を訪れたヴェンデルガルトに、医者が慌てて駆け寄った。その声に、騎士たちの視線もそちらに向いた。

「女神アレクシア様に、感謝を――」

 ヴェンデルガルトはそう祈ると、怪我の大きい黄薔薇騎士の元に向かう。彼女が「治療ベハンドルング」と怪我人に唱えると、キラキラと光が現れてその光が触れた傷が塞がっていく。

「――すごい! 有難うございます、ヴェンデルガルト様!」

 驚く騎士ににっこりと笑いかけて、次の騎士に向かう。騎士たちは自分の順番が来るのを、期待してヴェンデルガルトを見つめていた。


「しかし――本当に治癒魔法というのはすごいですね」

 その様子を眺めていた医師は、ジークハルトに話しかけた。彼も、「ああ」と頷いた。医者の手当ても勿論確かなものだが、即回復はしない。傷跡も残ったり、治せないものも多い。古傷を抱えていた騎士の傷も治ったらしく、歓声が上がる。

 彼女が騎士たちの傷を癒して喜ばれると、ジークハルトは何故か自分の事のように誇らしく思えた。


「有難うございます、ヴェンデルガルト様――いえ、聖女様」

 治療が終わると、騎士が彼女に向かい礼をした。そうして、「聖女様」と騎士たちから声が上がる。

「そ、そんな素敵な存在ではありません!」

 騎士たちの声に、ヴェンデルガルトが赤くなって慌てて首を横に振った。しかし騎士たちはその謙虚なヴェンデルガルトに新愛をこめて「バルシュミーデ皇国の聖女様」と彼女を称えていた。


「うるさいわね――それに、そんな魔女を聖女と呼ぶなんて……ジークハルト様、騎士の教育を間違えていらっしゃいませんか?」

 そこに、甲高い耳障りな声が響いた。メイドを五人程引きつれた銀髪に緑の瞳のフロレンツィアだった。胸元を強調した豪勢なドレスに、きつい香水。沢山の指輪にイヤリング、ネックレスを身に着けた、この場には相応しくない意地の悪そうなきつい顔立ちの女性だ。

「ずっと探していたんですよ、ジークハルト様。こんな汚い場所で、汚らわしい女といるなんて大丈夫ですか? わたくし、お茶を飲みたいんです。早く部屋に戻りましょう」

「失礼な事を言うな、フロレンツィア」

 彼女の言葉は、この場にいる全員を馬鹿にしていた。騎士たちも、声に出さないが明らかに嫌悪の目でフロレンツィアを睨んでいた。

「ヴェンデルガルト嬢、彼女はフロレンツィア・ダニエラ・ラムブレヒト公爵令嬢だ」

 ヴェンデルガルトは、突然自分に向けられた悪意を敏感に感じたのか、彼女を囲む騎士たちに隠れる――怖いから隠れたというよりも、自分が何かを言っても彼女が怒ると悟ったからだろう。

「ヴェンデルガルト・クリスタ・ブリュンヒルト・ケーニヒスペルガーと申します」

「あら、今はもう意味のない名前で名乗られても仕方ないのでは? あなたは、今は平民と変わらないんじゃなくて?」

 やはり、ヴェンデルガルトが名前を発言しただけですぐに噛みついて来る。

「彼女は、亡くなったとはいえバッハシュタイン王国の第三王女だ。言葉を選んだ方がいい」

 ジークハルトは、部屋に響くように大きな声でそうフロレンツィアをいさめた。その言葉に、フロレンツィアの怒りの矛先がジークハルトへと向けられる。

「ジークハルト様! 婚約者の私を叱るなんて、おかしいですわ! あんな悪女と私、どちらが大切なのですか!?」

 金切り声が耳に響く。ジークハルトは、不機嫌そうに大きなため息をついた。「騎士が集まる部屋が嫌なら出て行けばいいのに」と誰かが発言する。すると、他の騎士たちが同調した。「聖女様の方が、いいに決まってるじゃないか」「聖女様を馬鹿にした態度は、許せない」と口々にして、フロレンツィア一行を睨む。メイドたちが怯えて、医務室から逃げる。当のフロレンツィアは、怒りに顔を赤くして騎士達を睨んだ。

「この女は聖女ではなく、あんた達馬鹿を虜にして国を奪い返そうとする悪女よ! せいぜい、寝首をかかれないようにしなさい!」

 そう吐き捨て、ジークハルトに視線を移した。しかしジークハルトは冷たく彼女を見返すだけで、フロレンツィアはヒールの音を高くして医務室を出て行った。


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