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第33話 一輪の花

「申し訳ない。本来なら、今の社交界について、彼女から君に教えて貰おうと思っていたのだが――これは、無理そうだな」

 高慢な己の婚約者が部屋を出て行くと、騎士の後ろにいたヴェンデルガルトに歩み寄り、ジークハルトは少し困った顔を見せた。自分がうまく婚約者を諫められなかったので、ヴェンデルガルトに迷惑をかけてしまったと後悔しているのだ。

「はい……私にものを教えるのを、フロレンツィア様がお気に召さないかと思います」

 それもあるが気の強いフロレンツィアと二人きりにすると、ヴェンデルガルトに何かあるかもしれないとジークハルトには不安に思えた。

「それに社交界は――私は、今はお城にお世話になっているだけの身ですから。淑女レディ達のお茶会など、参加する事もないでしょう。どうぞ、お気になさらずに」

「しかしそれでは、ヴェンデルガルト様はお暇ではありませんか?」

 いつの間にか、赤薔薇騎士団副団長のバルナバスがジークハルトの傍らにいた。

「でも、いつまでもカール様に頼っていては、お仕事の邪魔になりますし……」

「まあ、陛下に会うまではヴェンデルガルト嬢の好きな事をして貰っていて構わない。任務に就いていない騎士でよいなら、話し相手にして頂いてもいい。城の外に出ないなら、君の自由だ」

 確かに、昨日の魔獣退治でもカールとイザークの働きのお陰で大きな事態を招かずに済んだ。騎士団団長をいつまでも彼女の傍に付けているのは、いずれ問題になるかもしれない。

「私の事は気になさらずに。それに、怪我をされた方がいればいつでもお呼び下さい」

 ヴェンデルガルトは、この医務室にいる騎士たちが自分の事を心配している事を、申し訳なく思ったらしい。

「我々薔薇騎士団は、ヴェンデルガルト様の味方です。何時でも、何なりお申し付けください」

 医務室に大半いたのは、黄薔薇騎士団と青薔薇騎士団だ。フロレンツィアに配慮しなければならない赤薔薇騎士団と違い、また自分の騎士団の団長とヴェンデルガルトが結ばれるのを良しと思っていた。特に黄薔薇騎士団はカールのシャイさを知っているので、応援に熱がこもる。

「そう言う訳だから、怪我が治った者達は騎士団に戻る様に」

 バルナバスがそうまとめると、パンと手を叩いた。すると騎士たちはジークハルトに敬礼をしてから、ヴェンデルガルトに深々と頭を下げて医務室を出て行った。


「ヴェンデルガルト嬢、騎士たちの回復に尽力して下さり感謝します。お礼をしたいのですが――どのようなものが喜ばれるのか……?」

 ジークハルトがそう尋ねると、ヴェンデルガルトは静かに首を振った。

「私はお礼を頂くために、治癒魔法を使ったのではありません。国を護る為に戦った方々の為になるのであるなら、私の魔力が尽きるまでお使いください」

「……ヴェンデルガルト嬢。あなたの家族を倒した国ですよ?」

 同じような質問を、先日もしたような気がする。しかしヴェンデルガルトは、その時と同じ笑みを浮かべた。

「それが、運命だったのです――私が二百年経った今眠りから覚めたのも、意味がある筈なのです。今私が出来る事、この国の騎士たちの傷を癒す役目であるなら、それも受け止めます」

 ジークハルトは、ヴェンデルガルトの心境が分からなかった。もし自分が同じ立場なら、この国を恨むだろう。仕返しを考えるかもしれない。だが、彼女は運命だと受け入れている。


 そうして、古い記憶を思い出した。

 ジークハルトが小さな頃。東の国の占い師という年老いた男に占って貰った事がある。彼は、ジークハルトが偉大な王になる事を告げた。だがその後、その占い師は複雑な顔をした。

「皇子よ。あなたの傍に、一輪の花の姿が見える。それは――大変珍しく、美しく賢い。そして、この世界を愛していて慈悲深い。この花を手に入れられれば、あなたの人生は大きく変わるでしょう。そう、この国もより大きく繫栄する」


 小さな頃で、更に抽象的な言葉ばかりだったので意味がよく理解出来ずにいた。しかしよく考えてみれば――もしかして、ヴェンデルガルトの事を言っているのかもしれないと思った。


 もう少し、彼女の事を知る必要がある。


 そう思ったジークハルトは、ヴェンデルガルトに明日のおやつの時間にお茶をしようと誘う言葉を口にした。


「――明日時間があるなら、茶を一緒にいかがだろうか?」

 カールとはまた違った、不器用さで。



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