「びっくりしたわ、まさかビルギットが魔法を使えるなんて」
「私も初めて使ったので……でも、ヴェンデルガルト様をお守り出来て嬉しいです」
「私も見たかったです。普段は使えないんですか?」
部屋に戻ると、ビルギットが今更になって腰を抜かしたように座り込んでしまった。カリーナがそんなビルギットの腕を取り、引っ張り起こし助けてくれた。
「今までは使えなかったです。やはり、ヴェンデルガルト様の危機か、私が危ない時だけのようですね」
「魔法を使った時は、瞳が金になっていたものね」
今は元の青色の瞳に戻っているのを再び確認して、ヴェンデルガルトは金色の瞳をしていたビルギットを思い出した。古龍は、ヴェンデルガルトだけでなくビルギットも未だに守ってくれている――それが、嬉しかった。
「でも、安心しました。他のメイドや執事からヴェンデルガルト様が襲われたという情報を聞かされて、心配で心配で……」
カリーナは、ヴェンデルガルトとビルギットにハーブティーを淹れてくれた。その香りが部屋に漂うと、二人ともようやく落ち着いたようだ。
「でも、この事は直ぐに話されなくなるでしょうね」
「そうなの?」
カップを手にしたヴェンデルガルトは、不思議そうにカリーナに視線を向けた。
「赤薔薇騎士団の名誉の為ですね……多分ですが。ジークハルト様の騎士団ですから、護衛に穴があったと知られると、お立場がありません」
そう言えば、彼は第一皇子だった。ヴェンデルガルトは改めてその事を思い出して、納得したように頷いた。
「ああ、美味しい。ビルギットとカリーナの淹れたお茶は、本当に美味しいわ」
ハーブティーを一口飲んで、ほっとしたようにヴェンデルガルトは呟いた。その言葉に、メイドの二人は笑顔になる。そうしてしばらく三人で楽しく会話をしていると、ドアがノックされた。
「ジークハルトだ――すまない、少しヴェンデルガルト嬢と話がしたい」
ビルギットがドアを開けに向かったので、カリーナがテオを抱き上げた。テオが外に出ない為だ。まだ躾中なので、外には
「すまない――よければ、外に行かないか?」
ジークハルトは、少し疲れた声音でそうヴェンデルガルトを誘った。ヴェンデルガルトは二人に外に行くと伝えてから、ジークハルトに連れられて城の庭に向かった。
「ここは、俺の気に入っている場所だ。春は、風が吹き抜けて気持ちがいい」
ギルベルトとランドルフが落ちたという、噴水の近くにあるベンチだ。小さな可愛らしい花が花壇に植えられていて、春を感じられる場所だった。
「こちらに」
ジークハルトはヴェンデルガルトを座らせると、隣に自分も座った。しばらく、お互い言葉がない。
「その……」
先に口を開いたのは、ジークハルトだった。
「今日は、すまなかった。怖い思いをさせたな」
ジークハルトがそう言った瞬間、ヴェンデルガルトの脳裏に剣を構えて飛び込んできた男が浮かび、あの時の光景を思い出した。血走った眼は、狂気に満ちていて本当に自分を殺すという殺意を感じた。
ガタガタと、小さくヴェンデルガルトは身体を震わせた。あんな恐怖を、今まで体験した事が無かった。思い出した事により、皇帝の前では我慢していた恐ろしさが再びヴェンデルガルトの小さな身体を震わせる。
「ヴェンデルガルト嬢!」
慌てて、ジークハルトはヴェンデルガルトを抱き締めた。彼女はぎゅっと瞳を閉じているが、涙が頬を伝い濡らしている。身体は小さく震えて、抱き締めるとその細さに心配になる。
騎士や兵士でない限り、女性があんな目に遭う事はそうない。自分の確認不足のせいで、こんなにか弱い人を怖がらせてしまった。ジークハルトは、ますます自分の失態を恥ずかしく思った――そして、情けなさ。
「大丈夫だ――もう二度と、こんな怖い思いはさせない」
安心させるように、彼女を強く抱き締めた。ヴェンデルガルトは、ジークハルトの胸元に手を当て小さく頷いた。
「ごめんなさい、ジークハルト様。今だけ――少しだけ……胸をお借りさせてください」
本当に怖かったのだろう。今まで聞いた事のない、ヴェンデルガルトの弱音だ。二百年後で誰も彼女を知らない地で、不安だった事も重なったのだろう。今まで明るい笑顔だった彼女の、知らない顔だ。
「構わない――俺が傍にいる」
ジークハルトは、自分に弱さを見せたヴェンデルガルトが可愛いと素直に思えた。安心させるように、背中を撫でる。ジークハルトの胸の温かさで、次第にヴェンデルガルトは落ち着いたようだ。
だが、その様子を遠くから見ていた者がいた。怒りに満ちた顔で唇を噛み締めているのは、ジークハルトの婚約者のフロレンツィアだ。