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第43話 証拠はない

 暫く二人は寄り添っていたが、落ち着いたヴェンデルガルトは涙を拭いながらジークハルトの胸元から離れた。離れていこうとする彼女を思わず引き留めようとしたジークハルトは、自分の行動に驚き、また恥ずかしかった。

「部屋まで送ろう――念のため、今日は部屋の前に赤薔薇騎士団を護衛に立たせておく」

「赤薔薇騎士団、ですか……?」

 その言葉に、ヴェンデルガルトは僅かに怯えた表情を見せた。よく考えれば、彼女は赤薔薇騎士団の一人が自分を襲ったと勘違いしたままだ。

「君を襲ったのは、赤薔薇騎士団の服を盗み騎士の真似事をした者だ。我が騎士団で、君を嫌う者はいないし、警護を任せるのは俺の信頼する者だ――信じてくれないか?」

 ジークハルトが出来る限り優しい顔と声音でそう頼むと、ヴェンデルガルトは小さく頷いた。

「では、これで失礼する。俺が必ず君を護るが――一応、君も気を付けてくれ」

「はい、感謝します。ジークハルト様」

 ヴェンデルガルトの部屋の前で、ジークハルトはヴェンデルガルトにそう頼んだ。ビルギットもいる事で心強くなったヴェンデルガルトは、先程迄の涙を忘れて微笑んだ。その笑顔にほっとしたジークハルトは、イザークの執務室に向かった。


「もう帰っていたのか」

「苦労するほどの事じゃないよ」

 青い執務室のドアを開けると、古そうな書物を読んでいたイザークが顔を上げず言葉を続けた。

「あの男は、ドミニク。三日前までラムブレヒト公爵家で庭師をしていた。何故か昨日から新しい男が庭師になっていて、ラムブレヒト公爵家の使用人はドミニクなんて男は知らないと発言していたよ」

「捨て駒か?」

「割といい顔してたでしょ? フロレンツィア嬢の愛人の一人だったとも噂があるけど、公爵家の誰もが口を塞いでいる。ジークハルトとの婚約で、過去を消したかったんじゃない?」


 ――女狐め。


 ジークハルトは、心の中で忌々し気に自分の婚約者に毒を吐いた。

「なんでさぁ、皇帝はあの女とジークハルトを婚約させた訳?」

「ラムブレヒト卿は、金と人脈に強い。反乱を起こされては困るから、抱き込む事にしたと聞いた」

 イザークは、読んでいた古文書を大事そうに机の引き出しに入れて鍵を掛けた。余程、大切なものらしい。

「金をやって、あいつが庭師をしていたと執事の一人の口を吐かせる事が出来たよ。どうする? 僕が行こうか?」

 ジークハルト率いる赤薔薇騎士団が行っては、皇帝を巻き込んで揉めるのが簡単に予想できた。ジークハルトは、イザークに頭を下げた。

「すまない――お前に任せる」

「了解。でも、新たな証拠が出ないなら捜査は打ち切るよ。逆ギレしてヴェーがまた狙われたら、僕ラムブレヒト公爵家潰しちゃうかもしれないからさぁ」

 「ジークハルトも困るよねぇ」と、イザークはにたりと笑った。ジークハルトは小さく頷く。

「じゃあ、行ってくるよ」

 そう言って、散歩にでも行くような気軽さでイザークはラムブレヒト公爵家に向かった。



 夕食前に戻ってきたイザークは、簡単にジークハルトに説明をした。

「部下を十人ほど連れてラムブレヒト公爵家に向かったよ。『ここで庭師をしていた事について、証拠はある。ラムブレヒト公爵家が、ヴェンデルガルト嬢を亡き者にしようとしたのか』、と人相書きと共に僕は尋ねた。卿は、とても落ち着いていたよ。そうして、『使用人たちに聞いてくる』と出て行った。そして戻ると、僕の問いに素直に答えたよ。『数日だけ雇っていた庭師だから、使用人たちも自分もはっきり顔を覚えていなかった。人相書きを見せて、ようやく思い出した者がいた』、ってね」


 彼が素直に答えた事に、ジークハルトは少し驚いた。ラムブレヒト卿は、娘と似ていて傲慢で腹黒い。不利になる発言をするとは、思っていなかった。

「それから『使用人たちに話を聞くと、あの男はフロレンツィアに恋をしていたらしい。ヴェンデルガルト様が魔法を使いジークハルト様を惑わそうとしている、と心配している娘の為にあんな事をしたのかもしれない。使用人たちはそう噂していた』だからフロレンツィアが傷物にされるのを心配した、使用人を管理している自分が信頼している執事が彼を解雇したって」


 馬鹿馬鹿しい理由だ。子供の言い訳の様に、白々しい。使用人同士で顔もはっきり覚えていないのに、公爵令嬢に横恋慕して彼女の悩みを解決しようとしていたなんて事を知っていたなんて、話が矛盾し過ぎている。大勢の前でヴェンデルガルトを狙った短絡さは、理解できるが――いや、失敗させるのが目的だったのか? 警告と、愛人の処理の為に。


「ジキタリスについてはどうだ?」

「ジキタリスの事を聞いたら、『温室はたきぎからの失火で今朝全部燃えてしまいました。その火事で、新しい庭師も燃え死んでしまった。なので、ジキタリスが咲いていたかは覚えていない』だってさ。確かに温室は燃えていて、灰だらけだったよ。燃えた男の死体もあった」


 用意していたかのような、出来過ぎた会話だ。どうも親子揃って、魔法が使えるヴェンデルガルトを妬んでいるようだ。殺せるとは思っていないだろうが、ヴェンデルガルトとジークハルトに溝を作ろうとした感じはある。


「これ以上、証拠は出ないと思うよ。証言してくれた執事――城の控室で匿っていたのに、その部屋で首を吊って死んでいたから」


 暫くは、ラムブレヒト卿は動かないだろう――婚約をしたままなら、ヴェンデルガルトに危害は加えないだろう。ラムブレヒト公爵家の動きを見ていて欲しいと頼み、ジークハルトは自分の執務室に戻った。


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