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南の国の戦

第44話  懐かしい顔

 『交渉決裂。三国間で戦が始まる』


 南の国に行っている白薔薇騎士団と紫薔薇騎士団から、至急の伝令を持った馬が帰って来た。馬も乗っていた白薔薇騎士も疲労ひろう困憊こんぱいだったが、ジークハルトにその旨を何とか伝え、気を失った。そこに、ヴェンデルガルトが呼ばれた。

 本来ならこのように疲れている者を起こしたくはないが、戦争が始まると聞き仕方なく気力回復の魔法をかけた。光に包まれた騎士は目を覚ますと、それで辛そうに起き上がり話を続けた。


「長年両国に搾取されていたヘンライン公国が、今回は一歩も譲りませんでした。バーチュ王国とアンゲラー王国に鉱物の売り上げの一部を売る事を完全拒否したのです。東のレーヴェニヒ王国はヘンライン王国を支援する旨を伝えて、援軍を送ったそうです。バーチュ王国とアンゲラー王国は一それぞれ先ずはヘンライン王国を攻める事となり、ギルベルト様とランドルフ様は一度撤退されて国に戻って来られるはずです」

 そこまで報告すると、水を一気に飲んで深く息を零した。部屋には、ジークハルトとカール、イザークもいた。

「大変だったな、ご苦労。すぐに陛下に連絡をして、我々はどうするか決めなければならない」

 ジークハルトが労いの言葉をかけると、白薔薇騎士はぐったりと頭を下げて部屋を出た。

「しかし、あの閉鎖的なレーヴェニヒ王国が介入してくるとは思わなかったな」

 カールの言葉に、ジークハルトが難しい顔をして頷いた。ヴェンデルガルトの言葉で、『龍の住む国』と言われるようになったレーヴェニヒ王国だ。国王はまだ若く、ジークハルトより少し上だと聞いた。

「では、陛下の元に行こう」

 ジークハルトの手には、先程の白薔薇騎士が持ち帰ったギルベルトの手紙が握られている。


「これで大丈夫、ゆっくり休んでね」

 白薔薇騎士と共に戻った馬に治癒魔法をかける。馬は休みなく長期間速足で走らされた事で、かなり疲労していた。ヴェンデルガルトが治癒魔法をかけると元気になったのか、少し眠そうだった。


「ヴェンデルガルト様、ここにいらっしゃったのですね!」

 ヴェンデルガルトは騎士を治した後、馬が気になって城門の所で放置されていた馬の所に来ていた。そこに駆け寄ってきたのは、茶色の髪に緑の瞳の青年が駆け寄ってきた。赤薔薇騎士団の制服を着ている。

「本日より正式にヴェンデルガルト様の護衛に任命されました、ロルフ・ザシャ・バッハマンです。お探ししました」


「あなた、ルーカス!?」


 ロルフを見たヴェンデルガルトが、驚いたような声を上げた。

「え? あの、先程名乗りましたように俺はロルフですが……?」

 自分を見て驚いたようなヴェンデルガルトの様子に、ロルフは少し驚いた。それと同時に、金色の髪に金の瞳の、見た事のない美しさにロルフは彼女に魅入ってしまった。

「ごめんなさい――知っている人に似ているから、びっくりしたの」

「いいえ、お気になさらずに。あ、知らせの馬ですね、俺が預かります――それより、お一人でここに居られるのは不用心です。とにかく、部屋に戻りませんか?」

 ロルフの言葉に、ヴェンデルガルトは頷く。安心した様に、ロルフは眠そうな馬の手綱を引き彼女と歩き出す。


 ロルフは「遠回りになってしまいすみません」と謝ってから、馬を馬屋へ先に運んだ。ヴェンデルガルトは珍しそうに辺りをきょろきょろしながら、文句を言わずロルフに付いて行く。


「俺は田舎者で得意な事はなく、剣の腕だけで騎士になりました。もしヴェンデルガルト様に無礼な事をしましたら、その時は遠慮なく叱ってください」

 ロルフは、恥ずかしそうにそう言ってヴェンデルガルトに頭を下げた。

「そんなこと気にしないでね。これから、よろしくお願いします」

 ヴェンデルガルトはそう言って笑うと、彼に頭を下げた。それに慌てたのは、ロルフだ。

「ヴェンデルガルト様、駄目ですよ! 俺なんかに頭を下げては! 五薔薇騎士団長に、俺怒られますから」

 ロルフの言葉に「まさか」とヴェンデルガルトは笑って、ようやく自分の部屋に戻って来た。

「あ、ヴェンデルガルト様お帰りなさい」

 カリーナが気付いて、声をかけてくれる。お菓子用のパイをテーブルに置こうとしていたビルギットも、その言葉に振り返った。

「ヴェンデルガルト様お帰りなさい……、え、ルーカス!?」

 ビルギットは笑顔でヴェンデルガルトを迎えようとしたが、彼女の後ろにいたロルフの姿を見て驚いたように持っていたパイの乗った皿を落としてしまった。


 皿は床に落ちた時に、鈍い音を立てて割れてしまいパイが崩れてしまった。そんな事も気が付かないように、ビルギットは懐かしさと悲しさを滲ませた面持ちで彼を見つめていた。


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