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第49話 私が助けます!

 ヴェンデルガルトの乗る荷馬車は、敵意がない様にそこに停まりバルシュミーデ皇国の紋章が入った旗を振った。向こうはそれに気が付いたのか、荷馬車の横に停まると馬車の乗車室ヴァーゲンの扉を開いた。ヴェンデルガルト達も荷台から降りて、手早く毛皮を土の上に敷いたり火を起こす。荷台にいた騎士たちは商人服のまま剣を手に周りを警戒して立ち、先ずはギルベルトが降りてきた。


「ギルベルト様、ギルベルト様はお怪我ありませんか!?」

 商人の娘風のショール姿の女性の声を聞いて、ギルベルトが驚いたようにヴェンデルガルトに向き直った。

「ヴェンデル!? どうしてあなたが!」

 王女に荷馬車で旅をさせるとは、ギルベルトは考えていないようだった。ひどく驚いたのか、片膝を着き頭を下げた。

「申し訳ありません、私が居ながらランドルフに怪我を負わせてしまい――あなたがここまで来るような事態にさせてしまいました」

「大丈夫です、気にしないでください。ランドルフ様は!?」

 騎士に担がれて、その騎士にぶら下がるようにランドルフは降りてきた。気を失っているのか、反応がない。騎士団の下に来ているシャツが未だ赤く、完全に傷が塞がらず出血が止まっていないようだ。乗車室は血の匂いで溢れていて、乗っていた騎士たちは顔色が悪い。


「すまない、水を……」

 ランドルフの血を拭くのに水を沢山使い、急いで戻る為に馬車の中を水で綺麗にする事も出来なかったようだ。黄薔薇騎士団副団長のディルクが慌てて水瓶を出して、帰って来た騎士団たちに水を飲ませる。ギルベルトも水を口にして、少し落ち着いたようだ。


「ランドルフは後ろから右肩から裏腹を添い腰へ斬られ、そして左足を突かれました。斬ったのは、アンゲラー王国の王子です。人数的に反撃は諦め、急いで彼を連れて馬車に乗り返ってきました。報告の為先に帰らせた者が間に合い、助かりました」


「ひどい……」

 ランドルフの姿を見て、ヴェンデルガルトは小さく声を漏らした。ビルギットは、真っ青になり倒れそうになるのを医者に受け止めて貰った。

 斬られた傷は半分ほどしか傷が塞がっておらず、時折血がにじみ出してくる。それに、斬られた痕は膿んでいるのか、腐臭に近い匂いがする。


「多分、刃に毒が塗ってあったようじゃな。肉を腐らせる毒じゃ」

 医者はざっとランドルフの身体を見て、南で採れる毒を持つ草を思い出したようだ。

「酒をかけても軟膏を塗っても傷が塞がらず、昨日まだ微かに意識があったのですが今日意識を失われて……」

「とにかく、血を止めないと! 毒に効くかは分かりませんが、治癒魔法をかけます!」

 情報を共有している間にも、ランドルフの具合は悪くなる。ヴェンデルガルトは慌てて彼の前に座り込んだ。


「治癒女神アレクシア様、お力を――治療ベハンドルング


 古龍の宝石を握り締め、ヴェンデルガルトは祈った。こんなにひどい怪我だ、普通の祈りでは治るか分からない――精一杯祈ると、ヴェンデルガルトの身体が一瞬輝いた。


「ゴフッ」


 光が収まると、ランドルフは血の塊を吐いて薄く目を開いた。体の中にあった毒が、血の塊となって出たようだ。服の間から見えている傷跡が、綺麗に無くなっていた。怪我をした痕跡は、裂かれて血で汚れた服にしかない。

 周りでその光景を見ていた騎士たちが、わっと歓声を上げた。

「ヴェ……ン、デ……」

 力なく伸ばされた手を、ヴェンデルガルトは自分から手を伸ばして抱き締めた。ランドルフは、愛おしそうに小さく微笑む。

「お水を!」

 ヴェンデルガルトがそう言うと、慌てた騎士が水を持ってヴェンデルガルトに駆け寄る。水を飲まそうとするが、体力が落ちているランドルフは上手に飲めない。水が、顎を伝い流れ落ちる。


「ごめんなさい、失礼します」

 ヴェンデルガルトはそう謝ってから、水を口に含んだ。そうして、ランドルフの状態を支えると口移しで水を飲ませた。瞬間ギルベルトは固まるが、ランドルフはその水を飲むと小さく吐息を零して瞳を伏せた。


「ヴェンデル、私が代わります」

 再び同じように水を飲まそうとしたヴェンデルガルトに、堪らずギルベルトが割って入った。確かに自分の小さな口では、あまり水を飲ませられない。ヴェンデルガルトは、ギルベルトに任せた。

「なんで、お前に……」

「許しませんよ、ランドルフ。私の前で、あんな事……」

 力なくランドルフは文句を言うが、ギルベルトは目が笑っていない。命に別状がないと分かった二人のじゃれ合いなので、ヴェンデルガルトは気にしなかった。


「水も補給した方がいいですね。ギルベルト様達が乗っていた馬車の水はもう駄目だろうし、今朝入れ替えたこちらの水も随分使いましたよね」

 ディルクにそう言うと、彼は水瓶を覗き込んだ。

「そうですね、人も増えましたし補給した方がいいですね。しかし、水を沸かすのに時間がかかります――大丈夫でしょうか?」

 確かに二馬車分の水を用意するのにいちいち鍋で沸かしていては、ランドルフの血の匂いで魔獣が来るか盗賊に襲われるかもしれない。

「ヴェンデルガルト様! 大丈夫です、いい案があります!」

 ビルギットが、声を上げた。


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