「先手はそっちに譲ってやる」
その言葉を聞いた途端、俺は即座に反応し駆け出した。
まずは小手調べ。〈大樹腕〉に思い切り力を込め、できるだけ素早い速度で袈裟懸け。
ノルギアもさすがに反応できるようで、剣と剣が交わった。
「速度は申し分ないな。その樹みたいな奴のおかげか。あらゆるところにスキルが展開されてる――奇妙な体質だな」
「奇妙……?」
「おっと、無駄口を叩いて良いのは俺だけだぞ」
瞬間、拮抗していたはずの剣は消えており、俺の刃は
視界の端に動くノルギアを辛うじて見ることができたため、身体を捻って後ろを向き、ノルギアの剣を再び受け止める。しかし、受ける側が入れ替わってしまった。これでは明らかに不利。
ならばこういうのはどうだ?
「ふぅ――!」
「口から炎……!? お前はドラゴンかよっ!?」
意表をついた口からの〈龍炎〉により、一定の距離を開けることができた。
再び見つめ合う俺とノルギア。
少しでも俺が隙を見せれば、一秒と立たずに俺の首が落ちてしまうのではと思わせる何かを、その目から感じ取って背筋が冷える。
「ちっ、お前の剣も見たことねぇくらいとんでもない代物だな。どんな素材を使えばこうなる……」
「シルフィアが武器を強化する魔剣をくれてね。それでこうなった」
「武器を……強化……? 聞いたことねぇが……おいシルフィア、とんでもないモンをこの小僧に渡したな」
「ま、まぁねっ!」
「なんで顔を赤らめてんだ……」
胸を張って、いかにも「頑張りましたっ」みたいな感じでこちらを見ている。逆にノルギアの顔は青ざめていた。なんとなくその気持ちが分かる気がする。
にしたって色々切れたこの剣を受け止めたノルギアの剣も相当おかしいと思うんだがな。
「本当ならこういう時は魔法で対処すんのが早いけど……別に始末するわけじゃねぇしな。ま、次で終わらせるけど」
「っ――」
先ほどよりも早い速度で動いたのか、姿が掻き消えた。
咄嗟に近くの建物に向かって思い切り跳躍し、縦横無尽に駆け巡る。
遮蔽物があれば――人が住んでいるらしいし――大規模な攻撃はできないだろう。
「しっかし……広いなここ。隔離された箱庭って感じがする」
超高速観光は案外楽しかった。色々な建物があり、加速された思考世界でどんな目的の建物なのかを考えると、無性にウキウキしてしまう。これこそ男の性。
……そういや俺の身体は女なのか、今。
「見ぃつけた」
その時、耳の中に響き渡った声は、俺の動きを止めるには充分だった。
「死なないようにはやらせてもらおう――」
そう勇ましく叫んだノルギア。剣の先が刻一刻と近づき、胸の前まで刀身が迫った刹那、異変が起きる。
「――っ!?」
突然苦虫を噛み潰したような顔になり、剣を放り投げ俺を思い切り蹴飛ばしたのだ。
どうやら新しいスキルが早速活躍してくれたようだな。いやはやこんなに強いとは思ってもいなかった。
「ぐはっ――!」
けど普通にいてぇよ!!!
女の子なんだからこう、もうちょっと優しくとかないのかね!?
……なんてことを言っても動きが止まるわけでもなく、背中から協会本部に突っ込んでしまう。
ドゴォン! ガラガラ――と壁を思い切りぶっ壊し、俺はとある部屋に転がり込んだ。
そこには一人の女性が裸で……風呂に入っていて……?
「あら、可愛いお嬢さんね。よかったらお姉さんと一緒にお風呂入る?」
柔和な笑みを浮かべ、間延びしたような喋り方でそんな事を言ってきた。
この状況でよくそんな冷静に、初対面の人に風呂を勧めれるな!?
しかし……でっか……じゃない。またシルフィアが怒ってしまう。なんとも妖艶なお姉さんではあるが、アスナに匹敵するほどには魔力が多い。またあんなことにはなりたくないな。目をそらすとしよう。
「い、いえ……ノルギアと戦ってるので……」
「知ってるわよ。というか、全部見てたわよ。戦ってる姿、本当にかっこよかったわ」
「……!?」
「そんなに驚かないで頂戴。私は
華麗にウインクを決めたエナお姉さんは、おもむろに湯船から立ち上がり始めた。慌てて顔を逸らすと、後ろにノルギアが立っていることに気がつく。
「……おめぇ何してんだ」
「蹴飛ばされたからここにいます」
「そりゃ悪かったけどよ……さっきのは何なんだ? あの不気味な――まるで『食われそうな感覚』は」
「さぁ。俺のスキルによるものとしか言わないです」
「ちっ」
「もう、お姉さんを置いて会話しないでよ~! というか、レディの入浴中に戦おうとしないでっ。《|送還《リターン》》」
すると、景色が切り替わり、目の前に石でできた円卓と椅子が並ぶ部屋に移動した。
お姉さんを見ると、露出が多いとはいえ服を着ていた。いったい何が起こったのやら。
「……少年、仕切り直しだ」
「嘘だろおい」
「俺の気が収まらん」
「まったく、ノルったら~。困らせちゃダメ、でしょ?」
その時、パンパンと拍手の音が聞こえた。
そこには、小学生くらいの背丈をした少年が立っていた。
「《みんな、仲良くしましょう》」
「おぉ、レストか! そうだな、仲良くすることは大切だよな!」
急にノルギアが変化したが、違和感は抱かなかった。確かに仲良くすることは大事だ。全人類はきっと手を取り合えるはず。平和は一番だね!
「伶、ここにいたんだね。――うわっ、聖人全員集合してる……何があった……」
「シルフィア! それに皆も!」
「まったく、探したぞ。ぼくたちをおいてどこかへ行ってしまうなんてひどいじゃないか」
「そうよ! あたしも心配したんだからね!」
「すいません……全部ノルギアが悪いので……」
「おい!」
仕方ない。事実だもの。皆と仲良くしたければ嘘は言ってはいけないからね。
「これで全員が集合したかな? ノルギア、私、エナ姉、レストくん、グルナちゃん……そして伶、ルルちゃん、ティアちゃん、陽彩ちゃん、ユーちゃん」
「こんだけ集まって、何をする気だ? そもそもこっちに来た目的も聞かされてない」
「伶、いい質問だね! それは――」
「「「それは?」」」
シルフィアの留めに、皆も共鳴する。
「――情報共有だよ」
「「「情報共有?」」」
「そう。特に聖人たちだね。まず、この伶と陽彩ちゃんは“異世界人”だよ」
「異世界人……!?」「あら、そうなのね」「おぉ! また仲良しになれそうな人が増えるんだね!」
シルフィアの言葉に、聖人たちは三者三様の反応を示した。
「そこでエナ姉。スキルの事実について説明してあげて」
それからエナ姉さんが話す内容は、衝撃的なものだった。