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1:世界動乱


 俺たちが〈召喚〉によって転移した先は、俺の部屋の中だった。


 しかし、帰ってきたという安心感は皆無だ。魔族の男やシルフィアの反応から察するに、とんでもないことが起きているのは明確。これから俺たちはそれらを対処せねばならないだろう。


「そういやスマホ持ってたんだったな……」


 なんだか嫌な予感を覚えながらスマホを開くと、何度目になるかも分からない大量の通知があった。

 それぞれを詳しく見ると、「白い翼の天使みたいなのがそこら中にいる」というものだった。他には「空に大きな城がある」という情報も。


 元凶は分からないと皆は言っているが、十中八九あの男だろう。


「今度は魔物じゃなくて天使かよ――!」

「天使は一番弱くてもB級。今すぐどうにかしないと」


 強い使命感を背負ったような顔で、シルフィアが呟く。


「あぁ。ぼくたちは犯人を知っている唯一の存在だ。指揮を執る者さえ倒してしまえば、集団というのは簡単に瓦解する」

「つまり、さっきの男を倒せばいいわけね。ワタシの本気を見せるチャンス!」


 拳を上げて勇ましく言ったティアの左薬指には、見覚えのある指輪が嵌められていた。魔力を感じることから、魔導具だと推察できる。


「とりあえず、ここにいても仕方ない。シルフィア、転移でクランに送ってくれ」

「了解。《転移》!」


 見慣れたロビーに景色が変わる。


 ――辺りは凄惨な状況だった。


 避難所のように人が何人もおり、血を流している人も散見された。あまりのひどさに一瞬言葉を失うも、気を取り直して頭を巡らせる。


「レイ、これからどうするのよ?」

「……天使を倒すより、首魁を倒したほうがいいだろう。総理に情報提供して助けを求める」

「総理……って、総理大臣のことか!? 伶はそんな人とも知り合いなのか……」

「奇妙な縁でな。あいつならどうにかしてくれるはずだろう。何せシルフィアが全力で警戒する相手だもんな」

「纏う雰囲気が本当に恐ろしいけど、こればっかりは仕方ないね。それで、どこに行けばいい?」

「首相官邸は東京か……300キロメートルくらい離れてるしオンラインでできないものかね」


 その時、聞き覚えのある声が話しかけてきた。


「えーっと、誰だっけ? 見覚えはあるんだけど……」

「愛奈さん……!」


 原汐の一人、愛奈さんがそこにはいた。額には冬場だというのに汗が流れており、作業をしていたことがうかがい知れる。


「あやっべ。陽彩頼む」

「そういえばそうだったな……」


 俺の身体はまだ女なんだったな。いっけね。


 ――そして、俺の身体は形を変えていった。


 一言だけ言わせてもらおう。おかえり、友よ! さよなら、夢よ……!


「!? で、でも思い出したよ。伶さん、だったよね。こんなとこでなにしてるの?」

「さっきまでダンジョンに潜ってて、帰ってきたら外が大変なことになってたのでここに来たんです。愛奈さんは?」

「私はヒーラーだからここにいる人を治療して回ってた。にしても大丈夫だった? 外は白いのが――天使ってやつだっけ――飛び回ってたんだけど」

「大丈夫です。俺たちは強いので」

「それが冗談じゃないのが君らの怖いとこだよね……」

「ところで、東京に行く方法ってないですか? それも今すぐに」


 自分でも変な質問だとわかっているが、愛奈さんの反応は悪いものではなかった。


「クランのどこかに『支部をつなぐ転移魔法陣』があるんじゃないかって噂があるよ。事実かどうかは知らないけど」

「それだけで十分です。ありがとうございます」


 慌てて〈天空眼〉でクランの内部を透視する。


「――見つけた」

「え? まさか本当に?」


 クランの地下に、大きな魔力を持つ魔法陣があった。あれほどの魔力は転移魔法陣に違いあるまい。


「皆、行くよ」


 そう言って、クランの中を進んでいく。

 廊下は長く広大で、まるで迷宮のようになっているが、透視ができるならば答えを見ているに等しい。よって、間違った道を進むことなく目的地を目指せるのだ。


 しばらく歩き、地下へつながる階段を見つけた。

 周りには誰もおらず、静けさに包まれている。


 中々いけないことをしている感覚に襲われるが、そんなことを言っていては始まらないと叱咤し、階段を下っていく。


 そこはコンクリートで出来た、薄暗い廊下だった。なんだか不気味で幽霊でも出そうな場所だが、もし出てもどうにかできそうなのが二人いるのでとても心強い。


「誰もいないみたいだな」

「うん。私も見たけど誰もいなさそう」


 俺とシルフィアの意見が合致し、いざ歩き出そうとしたとき、陽彩が服の袖をつかんで止めてきた。


「そこに、誰かいる。ぼくの目には、はっきりと魂が写ってる!」

「おや、バレてしまうとは。このまま隠れているつもりだったんですけどね」

「この声は……!」


 綺麗な笑顔で理不尽を押し付けてきやがったこの男の声を、俺はきっと忘れることはないだろう。


「――神凪さんギルマス、ここで何してるんですか!」

「あなたこそ、何をしているのかといった感じなんですけどねぇ。本当は立ち入り禁止なんですよ? 別に問題はないんですが」

「……ん?」


 俺が疑問を返すと、神凪さんは肩をすくめて咳払いをした。


「ともかく、この先には転移魔法陣があります。永田町にある東京の本部に繋がっているので、そこから目的地を目指してください。主がお待ちです」

「ありがとうございます!」


 感謝を述べて横を通り過ぎていく。しかし、ルナイルは神凪さんに声をかけていた。


「あたしたち、東京に行くなんて一言も言ってないのだけど」

「そこに気づかれるとは……失言でしたかね。まぁ、我々には秘密が多いということですよ。行方をくらませた探索者協会のトップと似たように」


 これ以上は踏み込むな、と警告されたのを心で感じ取った俺は、何も言わず先へ向かった。


 扉を開けると、見慣れた転移部屋があった。 そこに魔力を流し込み、転移する。


 部屋が少し変わったのを感じて、部屋の外へ出た。


 そこから階段を使って上に行き、鉄の匂いが充満したロビーを通って外に出ることができた。


「……なんだ、これ」


 そこは、戦場だった。


 道路の上には数多の死体。

 香る血の匂い。


 そして、それらの中で戦う探索者たち。


 何より目についたのは、見覚えのある白い生命体――紛れもなくそれは、「天使」だった。


「な、なんだあれは……」

「陽彩は見たことなかったな。あれはこの世界の敵――天使だ」

「あれが、天使……?」


 首をかしげるのも仕方ない。天使というには血に塗れていて、気味が悪いどころの話ではないからだ。


「永田町――首相官邸は近いが」


 だが、ここを見捨てて行くわけにはいかないだろう。


「とりあえず、ここの天使を片付けてからかな」


 見てろよ天使ども。俺は強くなって帰ってきた。


 この力、とくとその身で思い知るがいい!




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