俺たちが〈召喚〉によって転移した先は、俺の部屋の中だった。
しかし、帰ってきたという安心感は皆無だ。魔族の男やシルフィアの反応から察するに、とんでもないことが起きているのは明確。これから俺たちはそれらを対処せねばならないだろう。
「そういやスマホ持ってたんだったな……」
なんだか嫌な予感を覚えながらスマホを開くと、何度目になるかも分からない大量の通知があった。
それぞれを詳しく見ると、「白い翼の天使みたいなのがそこら中にいる」というものだった。他には「空に大きな城がある」という情報も。
元凶は分からないと皆は言っているが、十中八九あの男だろう。
「今度は魔物じゃなくて天使かよ――!」
「天使は一番弱くてもB級。今すぐどうにかしないと」
強い使命感を背負ったような顔で、シルフィアが呟く。
「あぁ。ぼくたちは犯人を知っている唯一の存在だ。指揮を執る者さえ倒してしまえば、集団というのは簡単に瓦解する」
「つまり、さっきの男を倒せばいいわけね。ワタシの本気を見せるチャンス!」
拳を上げて勇ましく言ったティアの左薬指には、見覚えのある指輪が嵌められていた。魔力を感じることから、魔導具だと推察できる。
「とりあえず、ここにいても仕方ない。シルフィア、転移でクランに送ってくれ」
「了解。《転移》!」
見慣れたロビーに景色が変わる。
――辺りは凄惨な状況だった。
避難所のように人が何人もおり、血を流している人も散見された。あまりのひどさに一瞬言葉を失うも、気を取り直して頭を巡らせる。
「レイ、これからどうするのよ?」
「……天使を倒すより、首魁を倒したほうがいいだろう。総理に情報提供して助けを求める」
「総理……って、総理大臣のことか!? 伶はそんな人とも知り合いなのか……」
「奇妙な縁でな。あいつならどうにかしてくれるはずだろう。何せシルフィアが全力で警戒する相手だもんな」
「纏う雰囲気が本当に恐ろしいけど、こればっかりは仕方ないね。それで、どこに行けばいい?」
「首相官邸は東京か……300キロメートルくらい離れてるしオンラインでできないものかね」
その時、聞き覚えのある声が話しかけてきた。
「えーっと、誰だっけ? 見覚えはあるんだけど……」
「愛奈さん……!」
原汐の一人、愛奈さんがそこにはいた。額には冬場だというのに汗が流れており、作業をしていたことがうかがい知れる。
「あやっべ。陽彩頼む」
「そういえばそうだったな……」
俺の身体はまだ女なんだったな。いっけね。
――そして、俺の身体は形を変えていった。
一言だけ言わせてもらおう。おかえり、友よ! さよなら、夢よ……!
「!? で、でも思い出したよ。伶さん、だったよね。こんなとこでなにしてるの?」
「さっきまでダンジョンに潜ってて、帰ってきたら外が大変なことになってたのでここに来たんです。愛奈さんは?」
「私はヒーラーだからここにいる人を治療して回ってた。にしても大丈夫だった? 外は白いのが――天使ってやつだっけ――飛び回ってたんだけど」
「大丈夫です。俺たちは強いので」
「それが冗談じゃないのが君らの怖いとこだよね……」
「ところで、東京に行く方法ってないですか? それも今すぐに」
自分でも変な質問だとわかっているが、愛奈さんの反応は悪いものではなかった。
「クランのどこかに『支部をつなぐ転移魔法陣』があるんじゃないかって噂があるよ。事実かどうかは知らないけど」
「それだけで十分です。ありがとうございます」
慌てて〈天空眼〉でクランの内部を透視する。
「――見つけた」
「え? まさか本当に?」
クランの地下に、大きな魔力を持つ魔法陣があった。あれほどの魔力は転移魔法陣に違いあるまい。
「皆、行くよ」
そう言って、クランの中を進んでいく。
廊下は長く広大で、まるで迷宮のようになっているが、透視ができるならば答えを見ているに等しい。よって、間違った道を進むことなく目的地を目指せるのだ。
しばらく歩き、地下へつながる階段を見つけた。
周りには誰もおらず、静けさに包まれている。
中々いけないことをしている感覚に襲われるが、そんなことを言っていては始まらないと叱咤し、階段を下っていく。
そこはコンクリートで出来た、薄暗い廊下だった。なんだか不気味で幽霊でも出そうな場所だが、もし出てもどうにかできそうなのが二人いるのでとても心強い。
「誰もいないみたいだな」
「うん。私も見たけど誰もいなさそう」
俺とシルフィアの意見が合致し、いざ歩き出そうとしたとき、陽彩が服の袖をつかんで止めてきた。
「そこに、誰かいる。ぼくの目には、はっきりと魂が写ってる!」
「おや、バレてしまうとは。このまま隠れているつもりだったんですけどね」
「この声は……!」
綺麗な笑顔で理不尽を押し付けてきやがったこの男の声を、俺はきっと忘れることはないだろう。
「――
「あなたこそ、何をしているのかといった感じなんですけどねぇ。本当は立ち入り禁止なんですよ? 別に問題はないんですが」
「……ん?」
俺が疑問を返すと、神凪さんは肩をすくめて咳払いをした。
「ともかく、この先には転移魔法陣があります。永田町にある東京の本部に繋がっているので、そこから目的地を目指してください。主がお待ちです」
「ありがとうございます!」
感謝を述べて横を通り過ぎていく。しかし、ルナイルは神凪さんに声をかけていた。
「あたしたち、東京に行くなんて一言も言ってないのだけど」
「そこに気づかれるとは……失言でしたかね。まぁ、我々には秘密が多いということですよ。行方をくらませた探索者協会のトップと似たように」
これ以上は踏み込むな、と警告されたのを心で感じ取った俺は、何も言わず先へ向かった。
扉を開けると、見慣れた転移部屋があった。 そこに魔力を流し込み、転移する。
部屋が少し変わったのを感じて、部屋の外へ出た。
そこから階段を使って上に行き、鉄の匂いが充満したロビーを通って外に出ることができた。
「……なんだ、これ」
そこは、戦場だった。
道路の上には数多の死体。
香る血の匂い。
そして、それらの中で戦う探索者たち。
何より目についたのは、見覚えのある白い生命体――紛れもなくそれは、「天使」だった。
「な、なんだあれは……」
「陽彩は見たことなかったな。あれはこの世界の敵――天使だ」
「あれが、天使……?」
首をかしげるのも仕方ない。天使というには血に塗れていて、気味が悪いどころの話ではないからだ。
「永田町――首相官邸は近いが」
だが、ここを見捨てて行くわけにはいかないだろう。
「とりあえず、ここの天使を片付けてからかな」
見てろよ天使ども。俺は強くなって帰ってきた。
この力、とくとその身で思い知るがいい!