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2:救世戦線

「それぞれで天使を殲滅する。皆、準備はいいか!」

「「「「もちろん!!!!」」」」


 剣を構え、スキルをすべて発動する。


 脚は獣に、腕は樹に、心は虚に。

 そして――翼は暁に輝く。


「斬ッ!」


 高速で跳躍し、首を一つ切り落とす。


 着地して振り返ると、一人の青年が俺を驚いた顔で見つめていた。


「君は!?」

「最近【万花】なんて名がつけられたんですが……知らないですかね?」

「あぁ! もちろん知っているとも! 万の花の如く剣戟を繰り出す剣士、だったか。今の動きもとても早かった。素晴らしいよ!」

「ど、どうも……」


 こいつら、苦戦していると思っていたのだが案外余裕そうだ。目の前の男は少なくとも疲れた様子を見せていない。話しかける余裕があるなんて、普通はあり得ない。


 しかし俺、東京でも名前が売れてるんですね……恐ろしや……


「して、こいつらは何者なんだい? あの大きな天空城から現れたんだが」


 そう言って青年は空中の城を指さした。


「こいつらは天使ですよ。最低でもB級以上の化け物です」

「そうか……道理で」


 理解した素振りを見せながら、天使の攻撃を身軽に避けている。


 俺も天使が放った風の刃を切り裂き、刹那のすれ違った間に首を切り、他の天使の方もどんどん殲滅していく。


 何体か倒したところで辺りを見れば、魔法の痕跡がそこら中にある状態になっていた。無論、その証拠は天使の身体に刻み込まれている。


 今回は〈虚空心〉も〈憧憬の翼〉も使う機会はなかったな。使い方は頭に流れ込んできてるので分かっているが……剣で片付いてしまってはこの超強力なスキルを活用できないな。

 いやそんなもの使わずに勝てるならそれに越したことはないんだが。


「それじゃあ、俺たちは先に行かねばならないので」

「そうか。君たちほどの強さなら心強かったんだが……仕方ない。そうだ、もし興味があるなら僕ら『序章』の仲間になってくれてもいいよ。無理強いはしないけど」

「……いえ、お断りさせていただきます」


 そうか、とだけ呟き、青年は仲間の元に合流していった。


 ……序章って帰宵天結における最強パーティーの一角なんですけど?


 ◇


 しばらく道中で天使を倒していくこと数十分。ついに首相官邸に到着した。もちろんアポなんてありはしないのでどうするかだが……


「ここは私の出番だね。《|集団・不可知化《マス・アンノウル》》」


 この可憐な相棒は全て解決してくれるようだ。青い狸より数百倍活躍してくれる。


「おぉ、すごい! 姿が見えなくなったぞ!」


 陽彩が興味深そうな顔で興奮している。


 そういえば陽彩、同じ高校ではあるが頭のいいコースに所属する身なのだそうで、偏差値で言えば俺とは15ほど離れている。時々見せる知的な雰囲気は地頭の良さも組み合わさったものなのだろう。


「さ、行くよ。これなら声も聞こえないし見えない。きっとあの総理以外には見つからないはずだから」


 俺たちの能力があれば、初めて来る場所であろうと迷うことはない。明らかに魔力が大きいところが目印代わりになってくれるので、そこを目指せばいいわけだ。


「あの扉の向こう側……ん、扉の前にいるのは誰?」


 シルフィアが言っているのは、蒼い髪色の女性のことだろう。この人も20代に見えるが、実年齢は総理と同じである。

 また厄介な人が出てきてしまったな……ちっ、あのおっさんの魔力のせいでこっちが見えなかったぞ。許さん。


「……! そこに隠れている者、出てきなさい。命令に従わない場合、刑罰に処される可能性がある。速やかに投降しなさい」


 バレたんですが!?

 さすがは「官房長官総理の右腕」……やはり実力は高いらしい。テレビで見てた人が目の前にいるの本当に意味分かんないけどね。敵対してるのももっと分かんないけど。


「……よろしい。拒否とみなし、自衛を開始する。《瀑布》」


 瞬間、溢れ出す水。海のうにあるそれらは自由に動いており、水野官房長官の動かす手とシンクロしているように見える。


「うっそだろおい!?」


 視線は真っ直ぐに俺たちに合っている。間違いなく見られている。


「ルナイル、頼んだ!」

「〈金守ゴルドリール〉!」


 勢いよく流れてくる水を、大きな盾がせき止める。

 その後ろに隠れると、なんとか水から逃れられることができた。しかしこれがいつまで続くのかは未知数。他の手段で攻撃されたら終わりだ。


「そうですか……ではこうしましょう。《|隕水《アクアメテオ》》」


 天井スレスレに、水の塊が現れた。隕石のような色と形を形成すると、重力のままに落ちてくる。


「うあああ! まずいんじゃなのこれぇ! ワタシ泳げないわよ!?」

「心配するとこそこかよ! でも安心しろ、俺がどうにかしてやる」


 今こそ、この広げた翼の意味を教えてあげるとしよう。


 何を以て「憧憬の翼」を名乗るのか。それは――


「《|隕水《アクアメテオ》》」

「っ!?」


 俺が同じ魔法を唱えると、水野官房長官の目が見開かれた。

 おいおい政治家さんや、ポーカーフェイスは必要なんでねぇの?


「レイ、魔法使えたの!?」

「ワタシも知らなかった……」


 下から上へ、俺の《|隕水《アクアメテオ》》は重力を無視して昇っていく。魔力で無理やり押し上げているから魔力の消費が激しいが、どうせいっぱいあるんだし問題ない。まだまだたくさんある。


「これこそ、この翼の能力。簡単に言うなら――魔法の模倣コピーだ」


 その瞬間、二つの《|隕水《アクアメテオ》》が衝突した。


 莫大な量の水が弾け飛び、微かに虹がかかったように見える。なんとも美しい光景だ。


 空中にあった水がなくなると、辺りは水びたしになっていた。部屋の中で水遊びをしたことがないので、かなり複雑な感情になってしまう。


 これからどうするのかと身構えていると、突然扉が開かれ始めた。


「《|極闇《ホール》》」


 やれやれ、とでも言いたげな素振りで、魔法を使った黒斗。彼の手のひらの上には、小さなブラックホールみたいなものができている。

 すると、周囲の水が一気にそのブラックホールに吸い込まれていった。


「なんか二人ともポンコツだよねぇ。こっちは真面目に会見の準備してたってのに、なんか騒がしいと思ったらこの有り様……」

「あ、総理。ソーリー」

「《|爆風《サイクロン》》」


 俺のギャグに対し、黒斗は無言で魔法を放ってきた。


「お前も風魔法もいけるのかよおおおお!」

「むぅ、さっきはあんなにかっこよかったのに……それも伶らしいけど」

「ぼくも同感だ」


 俺の身体はいとも容易く宙に浮き、思い切り横に飛ばされる。

 なんとかバランスを整え、風のこないところで足から着地した。


 距離ができてしまったので、獣の足で地を蹴って元の場所へと帰った。


「あ、そうだ。俺たち情報交換のついでに助けを求めに来たんだった」

「ほう、情報交換か。中で聞かせてくれ」


 俺たちが目指していた部屋に皆で入る。

 中は異世界で見た円卓の間に近く、材質だけが違うような感じだった。


 黒斗は迷わず席に座ると、俺たちも順番に座っていく。


「さて、君は政府にどんな情報を提供してくれるんだい?」

「――現在起こっている襲撃現象の正体と首魁について」


 すると、黒斗はニヤリと笑みを浮かべ、続けてくれと言った。


「まず、外にいる白い翼を持った存在は『天使』と呼ばれている。前に俺が戦ったところを配信で目撃されているものだ。そして、これらを引き起こしたのは探索者ギルドグランドマスター、永光白矢だと考えられる。彼もまた天使の一人であり、S級に匹敵する実力を持っていると感じた」


 俺が言葉を止めると、黒斗は何かを思いついたような顔でこちらを見た。


「なるほどね……分かった、情報は把握させてもらったよ。ちなみにS級に匹敵とかどうの言ってるけど、君たち全員S級に上げておいたからね?」

「「「「……!?」」」」


 ティア以外の全員が声にならない声を出した。


 S級探索者――それはつまり、人間の中のトップであることの証左。

 人間とは隔絶した力を持ち、国すら滅ぼせる化け物の称号。


 それを……俺たちに?


「なに考えてんだあんた! 職権乱用か!? なんの冗談!?」

「いやガチね。あと30分後に記者会見やるから、そん時に色々言うよ。これ臨時で発行しといたS級のカードね。後で掲示板見とけよ見とけよ~」


 情報量が多すぎて脳がパンクしそうだ。とりあえず、S級の文字が刻まれた黒と金のカードを受け取る。


 これは権力の象徴ともなるようなカードだ。言い換えるならば切り札。


「こほん。それでは、内閣総理大臣として君たちに要請する。現在我が国で発生している幻想災害を解決し、首謀者と思われる永光白矢を拘束せよ。緊急特権により様々な法は適用されない。迅速に任務を遂行したまえ」

「「「「はっ!」」」」


 なんだか大変なことになってしまったが仕方ない。

 信頼できる仲間たちがいるのだから、きっとどうにかなるはずだ。


 目指すは天空の城。そしてあの男の首だ。


 さぁ、始めようか――俺たちによる救世戦線を。

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