イラードを誘拐した後歩いて数分。
俺たちは見上げるほど大きな扉の前に辿り着いた。
辺りの様相はいよいよラスボス戦という雰囲気で、緊張感が漂っている。
「この先にしっかりといやがるな……」
〈天空眼〉に映る世界に、6枚の翼を持った人が立っている。あれがターゲットで間違いないだろう。
右手の蒼剣を強く握り直し、深呼吸して一歩踏み出して扉を開ける。
――扉の向こう側は、青空に包まれていた。
白い床に、晴れ渡った空が壁と天井の如く広がっている。
どこからかともなく吹いた、爽やかなそよ風が髪を揺らした。
「待っていましたよ、少年。我らが神の崇高なる計画を邪魔する部外者。この私自らの手で全員を葬り去ってやりましょう」
「神、ねぇ……悪いけど俺は神を信じてないんだ。お引き取り願いたい」
「信じる信じないの問題ではない。実際におられるのだ。その事実をまずは認めよ」
「既存の宗教の神はともかく、その神はいたところで俺たちに良いことしてくれるわけじゃないでしょ……んなもんいらん」
「貴様らの価値観は間違っているのだ。神が良いことをしないのではない、貴様らが神の意志に背いているだけだ」
「んじゃ多数決取ろうぜ~。“その神”が邪魔だと思う人手上げて~」
口角を上げながら俺が決をとると、もちろんその場の全員――白矢を除く――が手を上げた。
「ってことで“その神”はいらないのでお帰りください。その考えを受け入れてくれる人と出会えるといいね!」
「ぐっ……貴様……!」
怒った、というよりは理解されず呆れている感じか。
怒ってくれれば多少やりやすくなったのに、残念だ。
「――仕方ない。神の御業をその身で感じよ。《|堕天《フォールン》》」
ドン――と、物音ではない、まるで空間から鳴ったような音が胸に響いた。
何が起こっているのか全く分からないが、少なくとも〈虚空心〉が発動していることは分かる。そして、それは「致死性の攻撃」を受けた事を意味するのだ。
なんだか不安になって周囲を見回す。
しかし、そこに立っている者は誰一人としていなかった。
「皆!」
「わ、たしは……大丈夫。少し油断してたけど、本気出せばこんなのよゆーだよ、よゆー……」
剣を杖代わりにして、シルフィアは膝立ちになっていた。
スキルを使ったのか、段々余裕そうな雰囲気は戻ってきたものの、やはり何かに抗っているような苦しみは消えていなかった。
「くっ……! 負け……ない……!」
ルナイルは四つん這いになりながらも必死に耐え、
「あいつの魂さえッ! 壊してしまえばッ――!」
倒れ伏した陽彩は右手を伸ばし、血走った目で白矢を睨みつけ、
「なんのこれしき……!」「ティアの前で負けるものか!」
獣の夫妻は共に支えあい、
「魔力があれば……!」
悪魔たちは無意味に羽をはためかせていた。
状況から鑑みるに、強い重圧で身体を潰しつつ、精神に影響を与える――といった感じだろうか。
「ふむ、やはり『オリジン』だけは影響なし……か。残念だが仕方ない。かかってこい。私が直々に相手してやる」
「さいですか……んじゃ――!」
足にありったけ力を込め、過去最高の速度で突っ込む。
「ちっ」
それを受け止めるのかと思いきや、身軽な動きで剣を回避した。
「あれれ? 剣が怖いんですかぁ~?」
「その剣にも膨大な運命と可能性が……厄介な剣だな」
さっきから神だのオリジンだの運命だの可能性だの……厨二病が大好きなワードばっか並べやがって。すんごいワクワクしてきたじゃねぇかよ。
ともかく俺は、あいつに対して有効打を与えられるのは間違いないはずだ。
「もっかい!」
再び突っ込むと、次は避けずに武器で打ち合う音がした。
見た目は綺麗に装飾された白と金色の槍だ。すごい、なんでも斬れるこの剣が切れないだなんて! 中々すごい槍なんだろうな、これ……
「ふんっ!」
白矢は槍に力を入れ、俺を突き飛ばした。意外な力の強さに驚くも、さしてダメージはない。
「これこそ、我らの最高傑作たる聖剣――【天下統一】。この聖剣を以て我らはこの世を統べる」
「それどう見ても槍でしょ……さすがに苦しくない? 大丈夫?」
「貴様には分からんだろうな。悪を裁く聖なる剣たりえるものは全て聖剣だ。貴様の持つそれは、弱者と敗者の怨念と願いで造られた魔剣。無論、聖剣の方が崇高で美しく、より強いのだが」
なんだこいつ、ただの武器自慢キッズだな。本当にこれ大人かよ?
誇りを持つことと増長することは絶対に違う。
「おっけ、どうでもいいから死ね」
だんだん腹が立ってきて、距離を詰めた後、青く染まった炎が燃え盛る剣で横に薙いだ。
白い服に炎が少し燃え移ったものの、数回はたかれてすぐに炎は消えてしまった。
「はぁ……全く、しぶといですね。《|現在封印《エグゼブリンド》》」
「……何もないが」
ふと、嫌な予感がして振り返る。
「――っ!?」
「どうせあなたには強い運命がある。ならば他を当たればいい。違いますか?」
四角い半透明の箱のようなものに、皆が入っている。ご丁寧なことにそれぞれ一人一つずつだ。
アスナ以外の悪魔たちは箱詰めされているが……ともかくこいつの手に渡ってしまったことは事実。
なんたる失態、なんたる失敗――ほんの一瞬で全身の血の気が引いていくのを感じる。
「はははっ! これでもう手出しはできない。諦めて投降なさい!」
そんな勝利宣言が、なんだか遠のいて聞こえた。
――すぅ、はぁ。
ひとたび深呼吸をすれば、逆に脳まで冷えたような感覚になる。
“箱”は今、白矢の背後にある。
その中にいる皆の声は聞こえない。しかし、その口は俺にこう告げているのだ――「だいじょうぶ」と。
それぞれの持つ力を、どうにか使おうとしているのが分かる。
たとえ仲間が奪われても、いなくなったわけではない。
ならば大丈夫なのだ。今までも、これからも。
「はああああああ!」
「ふっ、捨て身の特攻ですか? 先ほどもやったでしょうに」
剣を強調させ、全力で斬りかからんとする。
「この聖剣で、いくらでも相手をしてあげ――」
「《|天星爆滅《アストロ・エリミロード》》」
「――!?」
超ゼロ距離。
絶対に回避不可能な近さで、俺は星をも滅ぼす一撃を放ったのだ。
「くははははっ!!!!! 剣で来ると思ったよなぁ!? そうだよなぁ!?」
城はあの一撃で吹き飛び、俺と白矢、そして箱たちは現在落下中。
白矢に煽りの爆笑をぶちかまし、とても楽しくなっている。
俺は〈虚空心〉のおかげで全く無傷。白矢はさすがに耐えきれなかったのか、全身に焦げたような傷跡がある。同時に、その衝撃で箱が壊れて皆も自由の身になっている。
「くっ、だがまだ私は生きて――」
「はああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
ありったけ、全身全霊の本気を込め、蒼剣を白矢の胸に突き刺す。
「落ちろッ!!!!!」
「魂よ、眠れ!」
陽彩が手助けをしてくれたおかげで、白矢の表情がさらに瀕死の人のようになった。
「〈
白い身体は金色に染まり、聖剣が重力に従い落ちていく。
「グラァ!」
白矢が鬼のような顔で俺を掴み、体勢を反転させた。つまりは俺が下向きということ。
まずすぎる!!!
――その時。背後から高密度のエネルギーが接近するのが分かった。
それに身体がぶつかった瞬間、バランスが崩れ再び上下が入れ替わる。
「この……オリジンめッ……!」
「知るかよバーカ! ほら、神にでも助けを求めればどうだ!?」
「――! 神よ!」
刹那。
太陽が、姿を消した。
真っ暗になった世界に、強烈な魔力と威圧感を放つ存在が現れる。
「これが――神」
「やっと姿を現したな、侵略の神よ!」
「この声は!?」
振り返って、太陽があった方向を見る。
そこには、
青い髪を煌めかせ、見えない存在に向かって剣を向けている。
「滅べ、潰えよ! 《|剣聖法界《ブレイブ》》!!!!」
その一閃は、空を切り裂いた。闇夜の帳を刻み、神秘的な紙吹雪へと変えた。
「ノルギア!!!!」
「まずはそいつが先だ! やっちまえ!」
「私も手伝う!」
「シルフィア……!」
横に、空中を自由に舞うシルフィアがやってきた。そっと、俺の右手に手を添えてくれる。それだけで、力が湧いてくる。
「私は〈魔剣の王〉。だから、君が逃げることは出来ない。王の目からは逃げられない」
その姿はどうしようもなく英雄。
言い換えるならば――〈
「「はあああああ!!!」」
地面が刻一刻と近づき、そして――
「《|水泡《アクアボム》》」
大きな水の玉に衝突し、白矢の顔が歪む。
一方、俺たちはそれで勢いを殺されて無傷だ。
「本当によくやってくれたね、英雄諸君。我々の勝利だ」
余裕綽々といった様子で黒斗が拍手を送ってくる。それに合わせて、水野さんも拍手をする。
「俺たち……勝ったんだ」
――夜の紙吹雪が、終幕を祝うかのように降り注いでいた。