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共同生活の開始

 思った通り、サーミャとディアナが帰ってきていたようで、鳴子が鳴って程なく作業場と家を繋ぐ扉が開いた。


「ただいま……お客さん?」

「ああ。えーと……」


 ディアナに聞かれたが、そういえば名前を聞いてなかった。


「リディと申します」


 エルフの女性――リディさんは立ち上がり、お辞儀をした。


「こちらは剣の修復の依頼をしにいらした方だ」


 俺が補足する。すると、


「ディアナと申します。エイゾウ工房に身を寄せておりますので、どうぞお見知り置きを」


 ディアナは狩りの時の動きやすい服のまま、ヒラリと貴族の礼をした。服装はともかく、ああいうの様(さま)になるよな。ガチの伯爵令嬢なんだから当たり前だけども。エイムールの家名まで言わなかったのは警戒してるのかな。それなりの身分だったことは今の挨拶でバレているとは思うが。


「アタシはサーミャって言う……ます?」


 サーミャはなんだか変なことになっているが、おいおい覚えればいい。ディアナに任せようか……。


「私はエイゾウ工房に弟子入りしております、リケと申します」


 リケは卒なくペコリとお辞儀をする。一番普通なのがリケかも知れない。見た目が幼いから、ものすごくアンバランスな感じはするが。ともかく、これが我がエイゾウ一家の面々だ。


「それでだな、リケは聞いてたから知ってると思うが、この剣は大事なものなので、修復の間はうちに逗留されるそうだ」

「不躾なお願いで申し訳ございませんが……」


 リディさんがそう言うと、ディアナは喜色満面で


「まぁ、エルフの方と一緒に暮らせるの!?」


 と盛り上がっている。何歳か聞くのは忘れたままだが、好奇心についてはサーミャよりも遥かに上だ。


「いや、あくまで監視のようなもので、暮らすのとはちょっと違うぞ」

「でも生活は一緒なのよね?」

「そりゃまぁ、うちにいるからな」

「じゃあ、ちょっとの間でも暮らせることには変わりないじゃない」


 せっかく喜んでいるし、これ以上反論して水を差すこともないか。


「まぁ、そういうわけで、晩飯を作ってる間に、ディアナとリケで客間の準備しといてくれ」

「わかったわ」

「わかりました」


 ディアナとリケは頷いて家の方に戻っていく。


「サーミャたちは今日は何を捕まえたんだ?」

「葉鳥だよ。5羽ほど」


 やはり肉の貯蓄は十分と見込んで小さめのを狩ってきたんだな。とは言え、1人1羽あれば十分に腹は膨れるから都合は良いな。


「じゃあ、俺とサーミャは急いで羽根をやっつけちまおう」

「おう」


 俺とサーミャが家に戻ろうとしたとき、


「あの……」


 か細い声で引き止められる。


「私も手伝いましょうか?」


 そう申し出てくるリディさん。申し出はありがたいと言えばありがたいが、お客さんだしなぁ。


「鳥を捌くのは里でもやってましたから、大丈夫です」


 そうなのか。この世界のエルフは普通に肉も食うということらしい。野菜しか食わないと言われても、うちには干した根菜くらいで、この森の奥ではなかなか供給もままならないから助かる。

 果物なら多少はなんとかなるが、女性とは言え大人が満足に1食分食えるだけの量ではないからなぁ。次カミロのところに行くときは、野菜を多めに仕入れておくか。


「すみません、助かります。お願いできますか」

「はい」


 俺がお願いすると、リディさんはここに来て初めて、笑顔を見せてくれたのだった。


 俺とサーミャとリディさんで鳥の羽根を毟る。大鍋に湯を沸かして、そこに鳥をくぐらせ毟っていく。そこそこの時間がかかって毟り終えたら、ナイフで捌いて部位に切り分けて肉にしていく。

 そこで客間の準備ができたので、リディさんには荷物を客間に入れておいてもらう。リディさんと俺以外の面々は使った道具の手入れをしたりしている。俺はその間に夕飯をこしらえるのだ。


 今日はリディさんも来たし、チキンソテーのワインソースでちょっとだけ豪勢にした。ワイン(とリケは火酒)も出して、「いただきます」と「乾杯」の両方をする。

 リディさんは最初戸惑っていたようだったが、こうやってワイワイ賑やかに、その日あったことの話とかをして夕食(朝飯も昼飯も似たような雰囲気ではあるが)をとるのが、うちの流儀だと言うと納得はしたようで、途中からちょくちょく会話に加わっていた。

 2週間くらいはここで過ごしてもらうことになるかも知れないわけだし、少しでもここの生活に馴染んでくれれば幸いである。


 翌朝、水汲みを終えて身の回りを整える。やはり洗い桶5人だと若干狭い感じがするが、ヘレンがいたときと違うのは、体の大きさの違いだろうか。あの時ほどの狭さは感じない。

 それらが終わると朝食をとる。いつもの根菜と塩漬け肉のスープに無発酵パンのメニューだが、リディさんは特に文句はないようで、俺はこっそり胸をなでおろすのだった。生活環境が変わったときに、何で一番心を折られるかって、飯が口に合わないことだからな……。少なくとも俺はそう思っている。

 朝食が終われば、その日の作業の予定を立てる。俺は言わずもがな、リケは俺の作業の見学で勉強してもらうとして、サーミャとディアナにどうするか聞いたところ、2人も直すところを見ておきたいらしい。別に断るようなことではないので、リディさんの許可を得た上で、俺も許可した。

 リディさんも当然ながら俺の作業の見守りである。つまるところ、今日は全員が俺の作業を見学する日、と相成った。

 まぁ、特にそれでなにか問題があるわけでもない。俺は全員を引き連れて作業場の扉を開けた。

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