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修理

 作業場に入り、まずはパズルだ。やや幅広の剣の刀身が大小8つほどの破片になっている。まずはこれを元の形に組み立てる。当然ながらこの作業に鍛冶の腕前は関係ない。リディさんも含めて5人で賑やかに刀身パズルを組み立てた。最終的にはこの形に組み上がるということになる。

 ミスリルなので気を使わなくていい部分が多い。鋼だと再加熱すると組織が変成してしまうので、接合した後の調整が大変だ。ミスリルだとそれがないが、そもそも接合すること自体が大変なので、手間としてはどっちもどっちか、鋼はチートで接合後の調整もなんとかできそうなので、ミスリルのほうが大変かも知れないな。鋼を再調整でどうにかできる辺りが、まさにチートではある。


 まずは刀身の柄に近い側からくっつけるので、火床に火を入れる。勿論魔法だ。


「そういえば、エイゾウさんは魔法が使えるのですね。昨日もかまどに魔法で着火してらっしゃいました」


 その様子を見ていたリディさんが指摘する。うちの恒例行事のようなもんではある。


「使えると言っても、今はこの着火と、少し風を起こすくらいですけどね」

「それだけでもそれなりの修練は必要でしたでしょうに、魔力についてはほぼ知識がない、というのがなかなか不思議ですね」


 リディさんはニッコリと笑いながら言ってるが、笑顔が怖い。魔力について知らない、ということについては全く信用してないんだろうなぁ。俺は魔法は「最低限」ということで貰ったもので、修練とかはしてないし、サーミャは勿論、リケもディアナも魔法については全く知識がない。強いて言えばディアナが他の二人よりは魔法について詳しいくらいで、伯爵家令嬢レベルが知らないのだから、よほどの専門家でもないと知るはずもない……いや、待てよ。


「ディアナは魔法については詳しくないのか?」

「わ、私はそっちの勉強はあんまりしなかったから」


 目を逸らしながらディアナが答える。これはサボっていたな。使えると色々便利ではあるが、使えなくても困らないという状態で、おてんば娘が剣術の方を重要視したのは容易に想像ができる。


「そうか。別に怒ったりしてるわけじゃないから、気にするな」

「そ、そう?」


 あからさまにホッとするディアナ。でも、こういう妹がいて、エイムール家はさぞや明るい家庭だったんだろうな。


「と、いうわけで、私も詳しくないですし、うちのものも詳しいものがいないので、その辺りについては不明を恥じるばかりなんです」

「なるほど……」


 リディさんは考え込んでいる。俺は着火した火が十分に回ったので刀身の柄側と、そこに一番近い破片をヤットコで掴んで火床に入れ、風を送って加熱する。リディさんは考え込みつつ、俺のその様子をじっと見ている。魔法周りの話はあんまりツッコまれても「なんとなく使えるようになっただけで、特に何か意識してるわけではない」以上の情報は出せないけどな。


 チートを使ってギリギリの温度を見極め、2つを同時に取り出す。接合する部分とその周囲の温度が上がっているので、リケにも手伝ってもらい、くっつけて鎚を振り下ろす。これが鋼ならホウ砂なんかがいるところだが、ミスリルはありがたいことにこれでなんとかくっつきそうな気配がある。ただ、普通に打ち延ばしたときよりも温度も鎚の働かせ方もシビアだ。ミスリルの武具を新造するよりも、こっちができる鍛冶屋はなかなかいないのではなかろうか。

 3回ほど打っただけで、もう適正な温度から外れてしまった。ギリギリくっついてはいるので、そのまま火床に入れ、接合部分だけが加熱されるよう、炭の位置を調整して風を送る。


「これはなかなか骨が折れるな」


 俺は思わずつぶやいた。


「なんとかなりそうですか?」


 眉根を寄せてリディさんが尋ねてくるが、思いの外近い距離からの声でビックリした。実際に顔が結構近い。ちょっとドギマギしながら答えを返す。


「まぁ、難しいですが、元には戻せると思いますよ。ただ、やたらと時間がかかりそうですね。2週間あればギリギリかとは」

「そうなんですね。ありがとうございます」

「いえ、仕事ですから」


 俺は再び火床に目を戻す。そろそろいい温度になってきている。再びピッタリの温度で取り出し、鎚で叩く。丁寧に、隙間ができてしまわないよう、このキラキラしたものが崩れないようにだ。3回叩けば少しくっつく、というのがチートで分かる。できれば少しペースを上げてきたいところだが、それで崩れたら元も子もないからなぁ。再び火床に入れて加熱を始める。


「エイゾウさんはやはり魔力の流れが見えてますね」


 今度は少し離れた場所からリディさんの声が聞こえる。


「そうなんですか?」

「ええ。ちゃんと流れが途切れないように叩いてますよね?」

「いや、なんというか、キラキラした粒みたいなやつがバラバラにならないように、と」

「それですよ!」


 ズイッとリディさんが近寄ってくる。視界の大部分が、長いまつ毛に縁取られたサファイア色の瞳に占拠される。荒い鼻息を肌で感じそうなくらい近い。俺が気圧されて動けないでいると、リディさんは居住まいを正した。


「コホン。失礼しました。ともかく、それが魔力です。やっぱりエイゾウさんは感知できてたんですね。それとは知らなかっただけで」

「みたいですね」


 鋼を打つ時は他にも組織の偏りみたいなものも見えているが、そっちは黙っておこう。


「これで私の中の疑問が1つ解消しました」


 ニコニコと上機嫌なリディさんを見て、


「それは大変ようございました」


 俺はぎこちなく返し、火床から剣を取り出すと、再び鎚を振り下ろすのだった。

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