今日からはいよいよ仕上げに取り掛かっていく。作業前にじっくりと剣を眺めて修正点を見極める。最初の頃から比べて随分と剣の形になったなぁ。何度か繰り返し確認したが、特に魔力の損失などはないようである。この状態を保ったまま、最後の仕上げをしないとな。
剣を火床に入れ、加工したいところだけが熱されるように、チートを使って炭の置き方や、風の送り方を調整する。加工可能な温度まで上がったら、取り出して鎚で叩く。思ったように叩けたら、木型と比べてちゃんと同じになっているか確認する。これの繰り返しだ。
今日はサーミャとディアナは狩りに出ている。なので作業中の会話は、俺とリケとリディさんの3人で、剣と木型を比べている間などはリケとリディさんの2人で話している。リケの作業は一般モデルのナイフ作りだ。
最初の頃はこの2人での会話もぎこちなかったが、もう1週間ほど一緒に暮らしているからか、打ち解け始めているようには見える。
「私は親方みたいに魔力の流れを掴むのが得意ではなくて……」
「ドワーフの方は魔力よりも、鉱石そのものの状態を掴むことに長けておられる方が多いとは聞きます」
「少しでも親方みたいになるにはどうすればいいんでしょうか」
「あの方はどうも常人の器を大きく超えているようなので、目指すのは大変かと思いますが……」
「それは分かっているんですけど、コツのようなものだけでも良いんです」
「……では、私も長くはここにいないのですが、その間、練習しましょうか」
「いいんですか? いえ、お願いします!」
リケが頭を下げ、リディさんが少し困ったように微笑んだ。前に俺もあんな表情になったな。ドワーフとエルフ、俺の前の世界の知識だと反目し合うこともある種族同士が教えたり、教えられたりする仲になるというのは良いものだ。こうしてしばらくの間、リケの作業中にリディさんが魔力周りについて教えることになった。俺の作業の監督は「エイゾウさんの腕前はもう分かっているので、別にいいと思います」ということで免除になった。
ただ、その後も時々はこっちをチラチラと見ていたので、最低限の確認はしてくれているらしい。それなら俺も自分の作業に自信が持てる。ある程度まで作業したあとで、ここが違うあそこが違うと言われるのが一番面倒だからな。前の世界で何度煮え湯を飲まされたことか……。悲しくなるからこのへんでやめておこう。時々俺の方でリディさんに確認をしてもらえばいいだけの話ではあるし。
この日も予定していた程度の進捗で作業を終えることができた。リケの方は魔力を見る練習なんかもあって、進捗はあまりよろしくなさそうではある。しかし、次の納品はまだまだ先だし、そもそも納品量を確約しているわけでもない。
それよりも、リケが成長して高級モデルを作れるようになってくれることの方が大事だ。それができるようになれば、例えば一般モデルは俺が速度優先で量産し、高級モデルをリケが作る、などの分担も可能になるし、今回みたいに俺の都合で納品に行けないということもなくなるだろう。そうして少しずつでも「実家の工房に帰れる」という自信をつけていってもらいたい。
作業場を片付けていると、サーミャとディアナが帰ってきた。特に何も持っていないので、大物のほうを仕留めたのだろう。尋ねてみると、やはり大きい猪を仕留めたのだという答えが返ってきた。今日もディアナが勢子を務めたようだ。
こっちも役目を入れ替わったり、同じ役目ができるようになったほうが、選択肢が広がる。弓の練習自体は空いた時間に2人でやってるみたいだし、そのうちディアナにも弓を作ってやらんといかんな。
蛇足ながら、子狼には会えなかったとディアナが嘆いていたことを申し添えておく。
翌朝、5人で連れ立って家を出る。勿論、街へ行くのではなく、猪の回収である。リディさんは家にいてくれても構わなかったのだが、ついてくると言うので一緒に行くことになったのだ。ただ、特にいつもと違うことはない。サーミャとディアナが先頭に立ち、リディさんと斧を持ってドワーフ感MAXのリケが真ん中、俺が殿で念の為、周囲を警戒しながら歩く。程なくして沈めた場所に着いた。結構な大きさの猪が沈んでいる。俺とサーミャ、ディアナで湖の岸に引き上げるが、その間にリケが木を伐って運搬台を作る。木を伐るのはリケ1人で十分すぎるので、ロープをくくるのをリディさんにも手伝って貰った。
おかげで引き上げる頃には運搬台は完成しており、俺たちはそのまま台に猪を引き上げて固定、少しの休憩の後、家まで持ち帰った。引っ張るのをリディさんに手伝ってもらうかは迷ったが、そんなに力は強くないらしいので、今回は見送りである。忘れそうになるが、お客さんだしな。
家についたら皮を剥いだり解体して肉にしたりする。リディさん以外は特製のナイフを持っているので、作業効率を考えてリディさん以外の人で作業する。手分けすれば肉になるのはあっという間だった。リディさんもその辺り、特に忌避感とかはないみたいなので、エルフの里でも同じようなことは行われているのだろう。必要性から森を含めた魔力が豊富にある地域に住んでいるというだけで、基本的には人間とほぼ変わらない生活のようである。
作業中にリケにも聞いてみたが、ほとんどのドワーフが鍛冶屋を生業としている都合上、鉱山などに近い場所に居を構えるだけで、別段人間と大きく違う生活をしているわけではないらしい。エルフとは違って魔力を必要としないため、時々街に出て商売を始めたり、弟子入り
そんなことを考えながら、後片付けと昼食の準備のため、家の中に戻るのだった。