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細工は流々

 ミスリルの剣を加熱して鎚で叩いて、わずかに形を変える。基本的にはこの繰り返しだ。打ち直し前の型と見比べ、チートをフル動員してその形になるように鎚を操る。

 今日も1日中、作業場に澄んだ音が響き渡ったのだった。


 この日にできたのは剣の形を整える工程の1/3くらいだ。やや剣の形っぽいかな?と思えるようにはなっている。ということは、また3日ほどかかって整え、その後の仕上げで3~4日ぐらいかかるわけか。2週間にはやや余裕を持って間に合うが、卸す商品の製作は間に合わない感じだな。1週分納品をスキップしておいて良かった。このペースなら間に1日休暇を入れることも可能だろうし。


 翌日、水汲みから帰ってきたがリディさんはいなかった。朝飯のときに他の3人にそれと分からないように聞いてみたところ、要約すれば「別に毎日でなくても大丈夫」という答えが返ってきた。まぁ、そうじゃないとここに来るまでの間では魔力が補給できなくて難儀するだろうし、当たり前か。


 今日の作業も基本的には昨日と同じである。昨日の朝もやったことを今日も行い、作業を開始する。火と槌の音が作業場に響く。作業中、リケ、サーミャ、ディアナの3人は黙ったまま作業しているわけではない。なんだかんだ話しながらである。時々リケが集中しないといけない場面で黙る時はあるが、それ以外では繕い物なんかのここでの日々の生活の話や、ディアナの都での話なんかを結構なことしている。

 別に俺の集中もそれで途切れるわけでもないので、特に何も言ってはいない。前の世界みたいにスマホで音楽を流しながら作業、というわけにもいかないから、ラジオ代わりみたいなものだ。


 俺の方はというと、リディさんにちょいちょい話しかけたりもしている。大抵は食べ物の話で、俺が喋ってリディさんが答えたり、頷いたりである。今日は以前から気になっていたことを聞いてみた。


「答えるのに差し支えなければで良いんですけどね」

「はい」


 翠の瞳に紅く熱したミスリルを映しながら、リディさんが相槌を打つ。


「そもそもこれってなんで壊れたんですか?」


 俺のチートでもそこそこ難儀する代物である。元から相当の業物であっただろうことは想像に難くない。で、あればちょっとやそっとで壊れるようなものでもないだろう。それが大小様々な破片に砕かれるほどの事態とはいったいなんなのか、俺が気になっていたのはそこなのである。

 何をすれば業物のミスリルソードを砕けるのか。俺で再現可能であるなら、その工程を再現して、それでも砕けないものを作ってみたい。純粋に職人としての興味が湧いての質問だった。


 リディさんは少し視線を下に向ける。多分答えて良いのかどうか考えているのだろう。ややあって視線を俺に向けた。


「魔法に関わることなので、あまり詳細は教えられませんが、ミスリルの武具はある手順を踏むことで、その魔力を引き出して魔法に使うことができるようになります。その剣の役割はそのためで、いざと言うときのために、里の大事な物として保管されていたのです。里であることが起きて、それを使わないといけなくなったのですが、限度を超えて引き出してしまうと……」

「壊れると」


 俺が後を引き取ると、リディさんはコクリと頷いた。なるほど、「元に戻してほしい」かつ、それを「魔力を織り込むのが上手」な人に頼んだ理由はそれか。

 ある程度以上魔力を込められる人間|(エルフでもドワーフでもいいが)でないと、"魔力電池"としての役割が果たせない。かと言って、電池の役割さえ果たせれば良いのかと言うと、里の重要な文化財なのだろうし、適当な作りに修復されたものを置いておくわけにもいかない、とそういうわけだろう。


「なるほど……」


 俺はそう言いながら鎚をミスリルめがけて振り下ろし、そのあと火床に入れた。ちょっと当てが外れたな。今リディさんの言った方法で壊すことは俺たちにはできないし、そもそも壊れるのを防ぐ方法もない。

 例えるなら“オランダの涙”のようなものだ。俺たちはオタマジャクシの頭を叩くことはできるが、尻尾を折ることはできないし、尻尾を折れば全体の破砕を防ぐ方法はない。


 だからと言って、今の話が無意味だったわけではなく、ちゃんと収穫はあった。魔力を引き出す方法はごまかされたので、恐らくは里か種族としての秘伝なのだろうが、ミスリルが魔力電池として使えるという事実だけでも、十分に有益な情報である。他にも里で起きた出来事についても、リディさんは具体的な内容は語ろうとしなかった。

 無理に聞き出すような話でないことは容易に想像できるので、俺は「よく分かりました。ありがとうございます」と礼を述べて、それきりこの話についてはしないことに決めたのだった。


 更に翌日、ようやく大まかな形が整った。木型と比べても勿論細かい部分での違和感はまだ残っているものの、ほとんど遜色のないところまでは完成している。あとはこいつをどこまで完璧に仕上げられるか。俺はより一層気を引き締めてかかるべく、顔を両手でパンと張るのだった。

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