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住処の話

 結局ミスリルを延ばしきるまで、延べ3日かかってしまった。勿論、このままではただの凝った握りのついた棒でしかないので、明日からは形を作っていく作業が必要になる。

 ただし今日はここまでだ。根を詰めて徹夜してもいい仕事はできないからな。前の世界で好きだったアニメ映画でもそう言っていた。


 翌朝、水汲みから戻ってくると、リディさんが家の外に出て、木の幹に手を置いていた。


「おはようございます。外に出てると危ない……ことは基本ないんでしたっけ」


 危ないですよ、と言おうとしたが、そんなことはないと言われたのを思い出して言い直す。


「ええ。これだけの魔力なら普通の獣は近寄りません」


 鈴の鳴るような、しかし透き通った声でリディさんが答える。


「それは何か危険を察知するとかそういう?」

「そうですね。魔力が濃いところは魔物がいたりすることが多いので」


 俺はそれを聞いてギョッとした。


「この辺りは魔力が濃い、ということは、もしかして突然魔物が湧いたりするんですか?」

「いえ、そんなことは滅多にありません。この森でも場合によっては獣が魔物になるかも知れませんが、基本的には元の獣と性質は変わらないですからね。ごく稀に凶暴化したりする時もありますが」


 それはそれで厄介な話だ。魔物になった獣はきっと魔力の濃い薄い関係なく、ここに来るんだろうなぁ。待てよ、前に仕留めた熊はもしかして魔物になってたんじゃなかろうか……。サーミャが怪我した時(もう随分前のことのように感じる)はまだそこまでじゃなかったとして、その後で魔物になってたから、俺がヤバいと感じた、というのはありそうだ。あれがヤバくなったとして、最終的にどんな魔物になっていたのかは未知数だが、早めに片付けることができてよかった。ん? 待てよ。


「それじゃあ、ここで動物を飼うのは……」

「あまりおすすめはできませんね。ただ、エイゾウさんもディアナさんも二人でされている稽古を見ていると、剣の腕は相当に立ってらっしゃるようですので、があったときに対処できる、と言うなら良いんじゃないでしょうか。先程も言いましたが、元の獣と性質はそんなに変わらないので、あの賢い狼たちは基本的には賢いままですよ」


 本当の最悪の場合は、とんでもなく悲しい別れになるということか……それは辛いものがあるな。滅多にそんなことにはならないから大丈夫、という考え方もあるか。こればっかりは運命の巡り合わせだ。それにもし馬を飼うとしても大丈夫そうなのは安心した。


「洞窟なんかだと魔力がよどんで、そこから魔物が生まれたりするんですけどね。これは逆に基本的に凶暴です。原因は分かってないらしいですが」


 サラッと魔物誕生のメカニズムを教えてくれるリディさん。そうなのか。この付近で洞窟があったという話はサーミャやディアナからも聞いたことはないが、もし見つけたら近寄らないように言っておこう。


「そういえば、外に出て何をなさってたんですか?」


 ひとしきり納得した俺がそう聞くと、リディさんの目がスゥッと細められた。


「あ、これお尋ねして大丈夫でしたかね。問題あったら今の言葉は忘れてください」


 リディさんの反応を拒絶と受け取った俺は、慌てて発言を取り消そうとする。


「いえ、大丈夫です。魔力を取り込んでいただけですから」

「魔力を?」

「ええ。食事は食事で必要なのですが、エルフは魔力も必要とするので」

「なるほど」


 それで街中ではあまり見ないのか。都にもいなかったのも、魔力が必要だが街や都では魔力が取り込めないからと考えると、当然であるとは思う。これ以上は聞くだけ野暮というものだと思い、俺はふむふむと頷くと、水を汲んできた水瓶を再び担いで家に戻ろうとする。


「エイゾウさんは」


 そこへリディさんが声をかけてくる。


「これ以上聞かないのですね」


 ほとんど感情の感じられない顔と声だ。俺は答えた。


「私も男ですから、リディさんみたいなとんでもない美人に興味はありますが、聞かないほうが良いこともたくさんある、と知っているだけですよ」


 そしてわざとらしくニヤッと笑うと、家の中に入った。ちょっとかっこつけ過ぎだったかな。


 今日の作業は俺は相変わらずミスリルの剣、リケたちは一般モデルを継続して作ることにする。リディさんは俺の見学と言うか見張りと言うか、まぁそんな感じのことだ。

 昨日までは伸ばすことに集中すれば良かったが、今日からはそういうわけにもいかない。打ち直す前にとった木型と比べながら打つ必要がある。チートがあるとは言っても、当然その分は作業の進捗も悪くなる。いかにしてそのストレスを少なくしつつ作業ができるか。それがこの先の鍵になっていくだろう。


 いつもの通り神棚に手を合わせたら火床と炉に火を入れ、作業開始する。ミスリルを熱して取り出し、金床に置いたらその横に参考にするために置いた木型を見ながら鎚で叩く。チートを使ってどこを叩けばいいかを探りながらだ。鎚の一振りごとに澄んだ音と綺麗な火花が鍛冶場に現れる。

 俺の横ではリディさんもその様子を見ている――のだが、今日はなんかちょっとだけ距離が近いな。作業もいよいよ詰めの段階に入ってきたのは確かだし、興味を持ち始めたのだろう。それはそれで良いことだな。俺はそう思いながら、火床にミスリルの剣を突っ込んだ。

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