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打ち直し

 みんなで拝礼をしたら、作業に取り掛かる。火床に火を入れ、風を送って温度を上げ、上がってきたらミスリルの剣を突っ込んで加熱する。それとは別に炉の方にも火を入れておいた。こっちはリケたちが作業する分だ。

 ミスリルの温度が上がって、加工可能温度の中でもギリギリ上になったら取り出して鎚で叩く。ガラスのような澄んだ音が鍛冶場の中に響き、キラキラと光が舞う。1回でも多く叩けるように素早く叩いていく。

 しかし、ここで適当に早く叩けば良いというものでもない。少しでも手元が狂えば、その分織り込まれた魔力が抜けてしまうのだ。そうならないよう慎重に、しかして素早く叩くという2つを同時にこなさないといけない。確かにこれは扱える人間は限られるだろう。大半が魔力を理解しない鍛冶屋ではなおさらだ。俺も魔力を真に理解していたかと言われれば怪しいが、それでもちゃんと魔力の流れは見えている。

 そして、ちゃんと魔力の流れが見える人は、魔法が使える人間が相当限られるこの世界であれば、鍛冶屋なんてせずに魔法使いになれば、それだけで人生安泰なので、結果「人間の鍛冶屋でミスリルを正しく扱えるものはほとんどいない」という状況になるわけだ。


 おそらくはほぼ限界まで魔力を溜め込んだミスリルは、澄んだ音はするが手応えは非常に重く、伸びが悪い。数回叩く間に加工可能な温度から外れてしまう。俺は再び剣を火床に入れて加熱し、取り出し、叩く。俺がミスリルを叩いたときのガラスのような音と、リケが一般モデルを作るのに剣を叩く金属音が作業場に大きく響く。その傍らでは、サーミャとディアナが型を作り、炉で溶かした鉄を流している。

 火と風と鎚と人とがそれぞれの音を出して、それぞれの仕事をしている。この空間がとても心地よいもののように、俺には思えた。

 それはそうとして、ミスリルが全然伸びてくれないので、進捗が非常に悪い。それでも2週間の期限には間に合いそうなのが救いだが。


 結局この日は、残り2/3のうちの半分、つまり、1/3を残すところまで伸ばすことができた。多分これでも普通の鍛冶屋に比べれば相当早いはずだが、いつもの鋼の剣よりも進捗が遅いのが、なかなかにストレスになる。打った時の音が綺麗なのが救いだ。正直あれがなかったら、更に進捗が遅れていたかも知れない。

 だが、これからアポイタカラやその他のまだ見ぬ鉱石を考えると、ミスリルの打ち直しでへこたれているわけにもいかない。これを乗り切って自信にせねば、だ。


 翌日、昨日の進捗を考えれば、今日も俺は日がな一日ミスリルを叩き続ける日である。新しく日課にした神棚の水と塩の交換、拝礼も忘れない。リケたちは今日も一般モデルの製作だ。リディさんも今日も変わらず俺の作業の見学をすることになっている。とは言え、俺が鎚でミスリルを1日ひたすら叩いて伸ばしているところを見ているだけなのだが。


「リディさん」

「なんでしょう」


 火床にミスリルを入れて加熱しながら聞くと、相変わらずのクールで透き通るような声でリディさんは答えた。


「見てて楽しいですか?」

「そうですね。普通の作業なら丸一日見ていると、どこかでつまらないと思うかも知れませんが、エイゾウさんの作業は普通ではないので」

「それはどうも」


 おそらくリディさんなりに褒めたのだろうと判断してお礼を言う。実際普通ではないしな。


「それに、エルフの寿命は長いので、人間の1日よりも1日を短く感じるのです」


 理知的だが、どこかのんびりした雰囲気だなぁと思っていたら、なるほど、感じる時間が違うのか。待てよ、だとするとサーミャの5年間って1日が相当長かったんじゃなかろうか。残念ながらチートを貰っていても人間の身である俺には絶対に分からない感覚である。


「音もいいですね。ここまで綺麗な音が出せる鍛冶屋は私の里にも、よその里にもいませんでした」

「鎚を打つ人によって音が違うんですか?」

「ええ。効率よく魔力を込められるほど、ミスリルはいい音を出します。エイゾウさんのレベルでできる人は、エルフの鍛冶屋でもそんなにいないと思いますよ」

「ほほう」


 視界の端でリケがウンウンと頷いているのを気づかないふりをして、熱されたミスリルを鎚で叩きながら、俺は相槌を打つ。叩かれたミスリルは綺麗な音を響かせた。


「ここまでの音となると、ミスリルの精錬度も影響しますけどね」

「そうなんですか?」

「ええ。鋼はそうはいかないでしょうが、ミスリルは純粋に近づくほど魔力を蓄えやすく、打った時の音も綺麗になります」

「ははあ、なるほど」


 俺はそのなかなか鳴らないらしい音をさせる。これで前にミスリルの細剣を打った時と感触が違う理由は分かった。あの時のミスリルは"精錬度"が今回のものよりも低い――つまり、不純物が多かったのだろう。その分魔力が籠もらずに、より少ない労力で打つことができたというのは、そうズレた想像ではあるまい。

 そのうち精錬度を上げる方法も探っていこう。ガラスのような綺麗な音を聞きながら、俺はそう思うのだった。

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