ナイフ製作の合間に畑の方を見てみる。畝が出来ていて、そこにきれいに並んだ苗の芽が可愛く整列している。苗と苗の間隔は広めにしているようだ。野生種だから根を広く張るのだろうか。
まだ全部は植えられてないようだが、作業は結構進んでいた。
「おお、出来てるじゃないか」
「まぁ、後ちょっとってところね」
ディアナが胸を張って言う。手には鍬を持っていて、伯爵家令嬢と言っても誰も信用しないような風体である。すっかりここの生活に馴染んでいるな。
「この辺りは土も魔力が多いので、よく育つと思います」
そう言ってくるのは、同じく鍬を持ったリディだ。エルフに鍬、というのも元異世界の人間である俺から見ると若干の違和感があるな。
ぽくない、というか。リケの斧姿が異様に似合いすぎてるから、余計にそう思っているだけかも知れない。
この作業を始める前にリディに聞いてみたところでは、里でも畑仕事は普通にあったらしいので、本人的にはそんなでもないのだろう。
「こういう仕事はしたことなかったけど、結構大変なんだな」
サーミャも鍬を持って言った。黒の森の獣人は基本的に農耕をしないって言ってたからな。
「獣人の方は力もありますし、すぐ慣れると思いますよ」
「剣の練習にもなりそうだしね」
リディとディアナが言った。この数日ですっかり仲が良くなっていて、いい傾向だ。誰かとは合わない、みたいなことがあると色々と大変だし。
「じゃあ、俺は作業場に戻るわ」
「おう、頑張ってな」
「またね」
サーミャとディアナからは声援を、リディからはお辞儀を受けて、俺は作業場に戻る。
……戻ろうとして、その前に俺が家の外に出ていることに気がついたクルルが寄ってきたので、首筋を撫でてやり、庭を回るところを少し眺めた。なんだか牽く時のバランスが上手になっている気がするな。
一昨日くらいまではもう少しミニ荷車の揺れが大きかったと思うが、今日はそれが心持ち減っているように見える。もしかすると遊んでいるだけじゃなくて、練習もしていたのかも知れない。
「よしよし、お前はえらいな」
「クルルルル」
ゴリゴリと頭を擦り付けてくるクルルを撫でてやり、俺は今度こそ作業場に戻った。かなり後ろ髪を引かれる思いをしながら。
その後、この日の鍛冶作業もつつがなく終えることができた。
翌日からの作業もこれまでと同じように進んでいく。俺は2日ほど剣を作り、その後の2日でナイフを作る。
リケは基本俺と同じものを作りながら、リディの手ほどきを受けて魔力のこめ方の練習をする。サーミャとディアナ、リディは狩りに出たり採取したり、畑の様子を見たりだ。
クルルはと言えば、獲物の引き上げや採集についていったり、庭を回って遊んだりに忙しかった。
それらの合間に水につけたリンゴの様子を見る。今の所上手くいっているな。明後日、カミロの店から戻ってくる頃にはちょうどいい具合っぽい。
カミロの店に卸しに行く前の日、リディの部屋のものになる扉とベッドを作る。もうこれでそれぞれ4つ目だからブランクがあるとは言え作業も慣れているし、大半は俺のチートで時間を短縮出来るので、あっさりと片付いてしまった。
「これで今日からここがリディの部屋だ。ちゃんとした家具は入ってないが、欲しいものがあったら作るから言ってくれ」
「ありがとうございます」
リディがペコリと頭をさげた。これで客間から自室へ移動して、本格的にエイゾウ工房の一員である。
「しかし、見事に部屋が埋まったなぁ」
「だから言ったろ」
サーミャが呆れたように言う。どうせ増えるから作っておけと言ったのは彼女だし、実際にそうなってしまったので、これには返す言葉もない。
「これは新しく部屋を作ったほうがいいかしらね」
「物置なら別に外に作ったほうがいいんじゃないか?」
ディアナの言葉に俺が返す。
「いや、また家族が増えるんじゃないかってことですよ、親方」
今度はリケだ。
「いや、そんなことはない……と思うぞ」
俺は反論するが、サーミャもディアナもリケも、そしてなぜかリディも明らかに信用していない顔だ。
「例えばヘレンさんなんか来そうよね」
「あー、そうだな。確かに」
「あの人も親方気に入ってますからね」
ディアナ、サーミャ、リケが口々にヘレンが来る可能性について論じている。リディがちょこちょこそれに加わっていて、なかなか俺の面目がない。
”女三人寄れば
「いや、あいつは来ないだろ」
なんとか俺は会話に割って入る。俺の思う限りでは、ヘレンは多分あちこちを回って戦い歩く今の生活を気に入っていると思う。俺がそう言うと、
「でもたまには戻ってくるわけでしょ。その時の家としてなら来るかもよ」
ディアナに反論されてしまった。うーん、これは分が悪いな。
「おっと、そろそろ晩飯の用意をしなきゃいけないな。今日はリディの部屋が出来た記念日だ!」
見え見えの逃げに、4人は「逃げた!」とぶーたれていたが、すぐにヘレンが来る可能性と、部屋の増設をすべきかについての議論に戻っていった。