結局、部屋の増築は見送りということになったようだ。部屋が完成した記念のちょっと豪華な夕食をとりながら皆に聞いたところ、今後人が増えそうな場合はまず客間を使ってもらい、その間に部屋を増築すればいいという話だ。
家の人間が多いし、クルルの手伝いも考えたら以前より遥かにスムーズに作業ができるだろう、ということらしい。今後増えることもないだろうから、という話ではなかった。実に不本意である。
翌日、カミロの店に品物を卸しに行く日だ。水汲みを含めた朝の日課を終えたら、リケとディアナがクルルに装具を取り付ける。俺を含む他の3人は荷車に荷物を積み込んだ。
今回の改修で簡単な御者台というか御者が座れる椅子と、数人が座れるベンチも造り付けている。クルルの装具に荷車を繋いで、リケが御者台に座る。他のメンツはベンチに座った。乗り込む時にバネの沈み込む感じが伝わってくる。荷物と俺達を合わせてもバネが底についた感じではない。
帰りには鉄石に木炭、塩なんかを積み込むのだから、今の時点で底についていたら完全に失敗だ。そうはならなかったので、俺はホッとする。チートで作ったからある程度大丈夫とは言え、こうやって乗ってみるまでは不安が晴れない。
「クルルルル!」
クルルが一声大きく鳴いて歩き出す。ゴムタイヤでもないし、流石に前の世界での自動車のような乗り心地とはいかないが、それでも何もないよりは随分とマシな感じがする。
ガツンと突き上げる揺れはほとんどない。その代りにユサユサというか、そんな感じの揺れはある。揺れを減衰させるものは板バネ同士の摩擦のみなのでやや続いている感じがあるが、酔うほどかどうかは人によるだろう。
クルルは久しぶりの荷車をご機嫌で牽いていく。森の中なので速度は抑えめだが、それでも人間のジョギングくらいの速度は余裕で出ている。
先日は帰りだけクルルに牽いてもらったし、サスペンションも未搭載だったからもっと速度を抑えていたが、これくらいの速度で森の中を走れるとしたら、かなり早く街につける気がする。
速度が違うのだから当たり前だが、思ったとおり森を出るのはいつもよりも相当早かった。ここからは街道だ。
街道に入ると更に速度が上がる。人間が走るくらい、他だと自転車を漕ぐくらいの速度が出ている。その分揺れも大きくなるが、キツい感じの揺れではない。積んだ荷物もゆらゆら揺れているが、ガタンと跳ねたりはしないし、もちろん荷崩れを起こしたりはしていない。
色んな馬車がこれくらいのスピードで走るようになれば、街と都は今は片道で1日かかっているところが、日帰りができるようになる。そうすれば物資の流通速度の向上はもちろん、それに伴って情報の拡散速度も上がるだろう。
それが様々な影響を及ぼすのは間違いない。“
人間が走るくらいの速度で進んでいるから、警戒と言っても限度がある。なにより野盗たちはこの荷竜車に追いつこうとするなら、馬でもない限りは走って追いつく必要があるわけだ。
弓でクルルの足を止めようとしても、それなりの速度で移動する目標に初弾を命中させるのは困難だろう。それを当てられるやつは野盗なんかしなくても、この世界ではそれなりに食っていく道があるので野盗にはならないようだし。
それでも全くの無警戒というわけにもいかないので、周囲に視線を走らせて警戒することは怠らない。店についたらカミロに賊がどうなったかは聞いておかないといけないな。
街の入口にはいつもの衛兵さんが立っていた。武器を見るとハルバードに変わっていた。とうとう街の衛兵隊でも制式になったんだな。衛兵さんは竜車を見て少し驚いたようだったが、俺たちを見ると
「ああ、あんたらか」
と納得した様子である。どうも変わった連中だと思われているらしい。まぁ4種族5人が一緒だから今更ではあるか。
「どうも」
俺は荷台から挨拶した。
「もうあんた達にどうこう言おうとは思わないが、人を撥ねたりしないようにだけ気をつけてくれよ」
「もちろんですよ」
クルルは賢いから大丈夫だと思う。俺もだいぶ親ばかになってきたな……。
実際のところ、クルルは街中ではおとなしくゆっくりと歩いていた。走竜は珍しいからだろう、エルフのリディ以上に注目を浴びているような気がする。
何人かの視線に注意してみると、車輪のあたり――つまりサスペンション部分を見ている者もいた。そうそう、そうやって真似していってくれ。
エイゾウ工房、デブ猫印のサスペンション!なんてことをやる気はない。特許制度も実用新案制度もない世界の話だし、これで儲ける気は俺にはまったくないからな。
その代りと言ってはなんだが、聞かれればカミロには教えてやろうと考えている。
ゆっくりと言っても、人の早足程度の速度で街を進んでいった竜車は、そのカミロの店にたどり着いた。改良型荷車での初運転はこれで終わりだ。
割と悪くない乗り心地だったな。俺がそんなことを思っている間に、カミロの店の倉庫に竜車は入っていった。