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次のオーダー

 一夜明けて次の日、クルルと水汲みに行ってきた俺は、家の前に全身をマントやらなんやらで覆った怪しい人影を見つけた。このタイミングでここに現れる全身を覆った人影と言ったら、俺には1人しか心当たりがない。

 とは言え、別人で単なる賊の可能性もゼロではないので、俺はそっと水瓶を下ろしてナイフをいつでも抜けるようにして近づいた。


「誰だ」


 俺は誰何の声をかける。返ってきた声は予想通りの声だった。


「来いと言うから来たのに、やたらと警戒するのだな」


 やや不満げな声であるが、昨日聞いた声で間違いない。フードで顔が見えなくて、表情が分からないのがちょっと困るな。


「そりゃ本当にお前なのかどうか分からなかったからな」

「それもそうか」


 そう言うと、魔族はフードを取った。切れ長の目に短い銀髪、長い耳、そして褐色の肌には前の世界で言うトライバルタトゥーのような入れ墨が施されている。


 タトゥーに紛れてはいるが、左目の辺りに刀傷がある。それでも顔全体は普通に美人と言えるだろう。前の世界の知識丸出して言えばダークエルフだ。

 声と顔のつくりが一致すると、間違いなく女性だと確信できた。俺の知り合いで男性と言えばカミロとマリウス、あとはおやっさんたちくらいで、後は女性と縁が深いのは何かあるんだろうかね……。


「これで今度から分かるだろう?」


 自慢げに魔族の女が言う。


「今度もちゃんと顔を見せてくれたらな」

「うむ。ちゃんとそうするとも」

「とりあえずそこで待ってろ。水を運び込まなきゃいけないんだ」


 俺は水瓶を下ろしたところまで戻って、担ぎ直した。ことがあったらこの水瓶が割れるの覚悟で応戦しなきゃならんな。クルルの水瓶は家の側に置いておいて、クルルには小屋に戻っておいてもらった。


 水瓶を家に運び込みながら、俺は尋ねる。


「ここへはすんなり来られたのか」

「いや、“人除け”がちょっと厄介だった。私は魔法はあまり得意ではないのだ」

「そうか……」


 それは割とすんなり来られたほうなのだが、黙っていよう。


「こんな朝早くに来たってことは飯はまだ食ってないのか?」

「ああ」

「じゃあ、食わせてやるから、客間で旅の埃を落としてこい。体を清潔にしてからだ」

「いいのか?」

「客は客だからな……」


 犯罪者は犯罪者なんだろうが、もっと重い罪を犯したやつならともかく、客は客として扱う。これは昨日決めたとおりでもある。運び込んだ水瓶から、客用に小さめの水桶を用意してそこに水を入れる。

 魔族の女性……


「そう言えば、名前はなんて言うんだ?」

「ニルダ」

「じゃあニルダ、ここが客間だ。水と布はこれを使え。飯が出来たら呼ぶから、体をきれいにした後は、くつろいでいてくれていい」

「わかった」


 ニルダは素直に頷くと、客間に入っていった。


「来たの?」


 ちょうどそこへディアナや皆が起きてきた。


「ああ。今荷物を下ろして、体をきれいにするよう言ったところだよ」

「そう。じゃあ私達も準備しないと」

「そうだな」


 うちはうちの皆で朝の日課をこなしていく。サーミャが普通に客間に入って洗濯物なんかを回収していた。男では出来ないから助かる。


 朝の一仕事が終わって朝食も出来たので、サーミャにニルダを呼びに行かせる。

 ニルダを含む全員が食卓に揃った。俺達がいつものいただきますをしようと手を合わせると、ニルダも見よう見まねで手を合わせて、小声でいただきますと言っていた。


「改めてだが、みんなに名前を教えてくれるか?いつまでも魔族さんとかは呼べないからな」


 飯を食いながらだが、俺はニルダに自己紹介するよう促す。ニルダは一瞬不満げな顔をしたが、


「ニルダだ」


 とぶっきらぼうに一言だけの自己紹介をする。視線はエルフであるリディに注がれていて、リディの方はいつもどおり……に見えるのだが、目に力があるというか、背景にゴゴゴゴという書き文字とオーラがみえるというか、そんな感じである。

 お互いに相容れない生態ではあるからな……。竜虎相打つと言った空気感になってきた。実際に虎なのは気にせずモリモリ朝飯を食べているサーミャだが。


「それで、うちの製品はどうやって知ったんだ?」


 俺は空気を変えられないかと、ニルダに質問をする。


「魔界と人間界の境を哨戒していたら、人間側の偵察部隊と出くわして、そこにいたヘレンとか言う赤毛の女に聞いた」


 ニルダは魔界と人間界とは言うが、世界や時空が違うわけではない。単に魔族の住む領域を魔界、人間の住む領域を人間界と言っているだけである。600年前の戦争の名残の1つだ。


「ヘレンで赤毛って、“雷剣”か?」

「私が聞いた時は“迅雷”と呼ばれていた」


 しばらくここらを離れるとは言っていたが、魔界の方まで行っていたのか。そして気がつけば二つ名が変わっている。迅雷か。確かに速いからな。


「“迅雷”の部隊と出くわして、戦闘になった。だが、こっちは手も足も出なかったよ。殺されはしなかったが、私のもの以外すべての武器を“迅雷”があっという間に破壊した」


 俺の特注モデルだから、普通の鋼くらいならあっさりと壊していけるだろう。とは言え、そんな使い方を続けていたら特注モデルと言えども限界はある。戻ってきたらしっかり直してやらないといけないだろう。


「私はそれを見ていたから、彼女に武器を破壊されぬように立ち回ったが、いくらもしないうちに壊されてしまった。その時に言われたんだ『アンタやるねぇ!アタイと同じ武器ならもっとやれたかもね!』と」


「で、聞いたと?」


 ニルダは頷いた。


「うむ。『ではその武器を手に入れたかったものだ』と言えば、『これはアタイが特別に作ってもらった逸品だからね。そう簡単には手に入らないよ』と。そのあたりで音を聞きつけた他の魔族側の部隊がやってきたのだ。“迅雷”はそっちも片付けられただろうが、何故か退却していった。柄頭の刻印を見せながら、『どうしても欲しけりゃこの刻印の武器を作ってる職人を探しな!』と言い残して」

「なるほどね」

「それで暇をもらい、探しに来たのだ。どうもこの辺りにそれを作った職人がいる、というところまででそれ以上分からず、ああやって探していたわけだ。ここらでそれを持っているということは、直接職人か、職人から卸してもらった商人から買っているだろうからな」


 時間がなかったのもあるだろうが、ヘレンはここの場所を直接教えるようなことはしなかったんだな。

 まぁ、それでこうやってデブ猫印の武器を探す賊の出現と相成ったわけだが、まさかこんなことに及ぶとはヘレンも思ってはいなかっただろうな。


「襲われた人が顔を覚えていなかったのは?」

「そもそも大して見せてないし、その状態でなら“物忘れ”の魔法がよく効く」


 俺がチラッとリディを見ると、リディが頷いた。そう言う魔法があるのか。苦手だと言っていたが、条件さえ整えばそれなりには使えるらしい。


「ふむ……」

「質問は終わりか?」

「ああ。今の所はな」

「そうか。しかし美味いな、お前のところの食事は」

「そう言ってもらえるなら作ったかいがあるな」


 このあとは大した話もなく朝食を終えた。魔界のことを聞いていいのか分からんしなぁ。


 朝食と後片付けを終えて、作業場に移る。神棚に拝礼だ。ニルダはここでも見よう見まねで拝礼していた。


「魔族的に人間の神様にお祈りするのはいけないとかあるなら、別にしなくていいんだぞ」

「別にそういうのはない。面白い風習だなと思って真似ているだけだ」

「ならいいんだが」


 魔族って無宗教なのかね。もしくは1番上が魔王様で、その辺アバウトだったりするんだろうか。


 拝礼が終わると、リケ達は板金を作る準備にかかる。炉の点火なんかは俺が魔法でやるのが1番手っ取り早いので俺が着けた。ニルダの視線が突き刺さるが、お前には今から聞かねばならないことがあるんだ。


 ニルダと俺は作業場の商談スペース(テーブルと椅子があるだけだが)に移動して、向き合って座る。


「で、どんな武器が欲しいんだ?」

「そうだな。人間達には馴染みがないかも知れんが、剣のように幅広で両刃ではなく、薄く長い片刃のものがいい」

「斬り裂く武器か。緩やかに湾曲したりしていたほうがいいか?」

「そうだな」

「ふむ」


 俺は作業場に転がっていた木材をナイフでササッと削る。出来上がったのはニスも何も塗っていないが、前の世界では修学旅行で男子が必ず1人は買うというアレである。


「こういう形状ってことでいいか?」

「まさにそういうものだ」

「なるほど……」


 ニルダが欲しがっている武器、それは刀だった。

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