翌朝、いつも通り5人+クルルで連れ立って湖へ向かう。毎度のことではあるが、念の為の護身用に俺はショートソードでリケは斧(主目的は木を伐るだが)を持っている。他の3人は弓だ。
魔法による奇襲があったりすれば別だが、魔法の使い手がそんなにいないこの世界では「そんなことはそうそうない」(リディ談)という事もあって、遠距離武器が増えたのは安心感がある。今1番森で脅威になるのは熊だろうし。
クルルも、今日も皆でお出かけなので機嫌が良さそうだ。
半分ピクニック気分で森の中を進んでいくと、遠くに見慣れない獣の姿を見かけた。いや、ある意味では見慣れている。見かけ的には完全に虎だ。サーミャ――虎の獣人がいるんだから、そりゃ元になったであろう虎そのものもいるよなぁ。
わかりきってはいるが、この森をほんの一部とは言えウロウロしていて見たのは初めてなので、サーミャに聞いてみる。
「ありゃあ虎か」
「そうだな。こっちまで来るのは珍しいけどな」
サーミャは何でも無いかのように答える。
「アタシがいたもっと北とか西の方では、もうちょっと見かけるんだけど、ここらは狼達が大きく縄張りを張ってるからあんまり来ないんだよな」
「熊に追われたかな?」
「熊に追われたんだったら、更に北か湖の反対側に出ると思う。単に他の獲物を追っかけてきたんだろ。珍しいけどたまにはあるってことだ」
「親戚ってことはないよな?」
「ない」
最後は食い気味に回答された。獣人としては元の獣と同じ扱いは嫌なようだ。万が一にも「その声は、我が友、李徴子ではないか?」ということでもあればまずいと思ったがそういうことも無いようだ。
「すまん」
「いや、いい。ちなみに言っておくと言葉も通じないからな」
「分かってるよ」
通じたらそれこそ李徴子があり得ちゃうでしょ。
虎はほんの少しの間こちらを見ているようだったが、すぐに踵を返して森の中へ消えていった。獲物を追ってきたという話だが、そんなに腹は空かせていなかったようだ。この辺りにも獲物になるような動物はそれなりにいるからなぁ。
珍しい出会いはあったものの、他には何か起きることもなく猪を沈めたところに辿り着いた。岸辺から見てもデカいことがよく分かる。前にもかなりデカいのを仕留めたことがあったが、あの時よりも更にデカいのではなかろうか。
水の中に沈んでいる猪にロープをくくりつける。デカすぎて引っ張り上げるのも一苦労しそうなので、クルルに手伝ってもらうためだ。
くくりつけたロープを俺とサーミャ、ディアナ、そしてクルルで引っ張る。クルルに手伝ってもらっていても、なお重さを感じる。
やがて水の中から猪がその姿を現した。内臓を抜かれていてもなお300kg近くはありそうな気がする。この大きさの猪の内臓なら相当な量であっただろう。この周辺の狼達にはさぞかしよい御馳走であったに違いない。
引き上げている間にリケとリディで木を伐って運搬台を作ってくれていた。そこにみんなで猪を引っ張り上げる。チート持ちとドワーフ、獣人に走竜の力を集めてもなお重いというのは初めての経験だ。クルルがいなかったら持ち帰れなかった可能性すらありえる。
運搬台からはみ出さんばかりに大きな猪の体を縄で固定する。脚のところで固定すればいいのだろうが、そこも太いので一苦労する。
苦労して猪を固定した運搬台を、クルルを含めた全員で引きずっていく。やはり重さが半端ないが、クルルのおかげでそれなりの速度では進む事ができている。いつもよりはかなり遅いが、なんとか昼過ぎには戻ってくることが出来た。
持って帰ってきた猪の体を、またもや苦労して木に吊るす。もちろんクルルのお手伝いつきだ。でなければ巨体を吊るすことなど出来ない。
その後の解体作業は体が大きい分の苦労はあったが、作業自体はいつもどおり進む。特注モデルのナイフでなかったら、こうはいかなかったんだろうな。毎度思うことではあるがチート様様だ。
5人で解体して、小一時間ほどで肉と不要部位に分けることが出来た。すぐ食べるぶんを除いて、塩漬けをしたものと干すぶんを倉庫に運び込む。
この倉庫を作っておいてよかった。作ってなければ今頃300kg弱の肉が作業場に干されるところだった。
それらの作業を終えたのが昼をかなり過ぎるが、夕方と言うにはまだ相当早いくらいの時間である。俺も含めた全員の腹はもうすっからかんで、食べものを催促する音の大合唱が始まっている。
俺は約束した御馳走を作るべく、取り分けておいた肉を持って家に戻った。