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野営

 普通の馬車にしては速いスピードで街道を飛ばしていく。周囲の景色もそれにつれて変わっていく。

 時折は他の馬車や旅人とすれ違ったり追い越したりする時だけ、サスペンション搭載がバレないように少し速度を落とす。

 速度を落とすと言っても、「かなり飛ばしている」とは感じるだろう。それくらいの速度だ。


 全力で走らせ続ければ当然馬は潰れてしまう。魔力を吸収しておけばかなり無尽蔵に動けるらしい走竜とはわけが違うのだ。

 なので、時折は休憩を挟む。水と塩と飼葉を馬にやり、俺達は携行食と水だ。休憩を挟んでもペースとしては十分に早く進めているらしく、「やはりあれを教えてもらって良かったよ」とカミロが言っていた。


 その間を通ってきた山はとっくに背後に遠ざかって見えなくなっていて、周りには草原と言うにはほんの少し寂しい景色が広がっている。

 うちの近くよりも草の量が少なく、その代わりであるかのように岩がゴロゴロと転がっていた。馬車を降りるわけにもいかないので詳しく見ることは出来ないが、植生が違っているようだ。

 もし色々落ち着いたら、この辺りをのんびり訪れてみるのも良いかも知れないな。……次来たときにも快く入国させてくれたらだが。


 やがて日が落ちてきそうになったので、野営の準備を始める。水は途中で空樽に汲んであるので、火をおこすだけだ。天幕はないので、適当な毛布に包まって眠ることになる。

 飯は携行食の干し肉と豆を煮ただけの簡単なスープだが、休憩時みたいにそのままかじるよりは随分とマシである。俺とカミロと御者さんの3人でのんびり食べて、交代で見張りを立てながら眠ることにした。


 夜半、ユサユサと揺られて目を覚ます。

「交代です」

「わかりました」

 御者さんだ。彼は明日も馬車を操作しないといけないため、最初の見張りに立ってもらって、その後は朝までゆっくり寝てもらうのだ。

「お茶をいれておきました」

「ああ、すみません、ありがとうございます。それではおやすみなさい」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

 毛布をひっかぶったまま、短槍を持って辺りを見回す。焚き火のせいで夜目は利きにくいが真円を描く満月が出ていて辺りを静かに照らしている。


 月は森の中だと見えにくいし、遠征中は夜になったらさっさと天幕に戻っていたので、こうやってハッキリと見るのはこちらに来てからははじめてだ。

 クレーターもなく青く輝いているのが、違う世界ということを否応なく認識させられはするが綺麗なことには変わりない。

 インストールの知識によれば、こっちの月は太陽の光を反射して輝いているの。月の女神の祝福で輝いているらしく、どんな物質で構成されているのかは知識に該当がなくてよく分からない。

 太陽も太陽神の祝福であるそうなので、前の世界の知識では通用しない部分ということになる。

 この世界の“常識”では太陽も月も神様が祝福の気持ちをぶん投げてる、という豪快な神話に基づいての太陽と月の出入りになっている。

 四季があるのは、のんびり屋の太陽神は春から夏にかけて祝福の気持ちが高まり、そこから冬に向けて流石に疲れて祝福の気持ちをためるフェーズというわけだ。

 月の満ち欠けも理由としては同じになる。短気な月の女神はおおよそ一月で祝福の気持ちがサイクルする、ということらしい。


 そんな短気な月の女神の祝福の光を浴びながら、時折焚き火に薪を追加して静かな平野を眺める。時折、何かの獣の声が聞こえて肝が冷えるが、その声がこちらに近づいてくる気配はない。

 そうやって見張りにしてはのんびりと夜を過ごしていった。

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