適当な時間になったので、焚き火で湯を沸かして茶をいれてカミロを起こす。
「交代だぞ」
「おう」
カミロは寝入っているところを起こされた割にはスパッと目を覚ます。
「寝起きが良いな」
「長いこと行商やってると、サッと寝付いてサッと起きるのが身につくからな」
「なるほど」
こうやって見張りしたりなんかも1回や2回ではないのだろう。経験がものを言うとはこのことだ。
「茶だ」
いれておいた茶をカミロに差し出す。
「おう、すまんな。おやすみ」
「ありがとう、おやすみ」
カミロに挨拶をして僅かな眠りをもらうべく、毛布に包まって横になった。
翌朝、起こされる前に目を覚ます。御者さんもカミロも、もう起きていた。カミロの方は見張りに立ってそのままなだけだが。
「おう、起きたか。おはよう」
「おはようございます」
2人から挨拶されたので、俺も「おはよう」と返した。
「お前に教えてもらった板バネの仕組み、アレのおかげで今日には街につけそうだ」
「そのための仕組みだからな」
出発の準備を進めながらカミロと会話を交わす。御者さんも「速度の割には辛さが少ない」と言っていた。
やはり文明の針を若干進めてしまった感じは否めないところだな。これで色々な
機構的には複雑でもないので、前の世界のダ・ヴィンチのような、文明にブレイクスルーを与える人間がどの段階で出るかという話なだけではある。
出発の準備が整ったので、全員で乗り込んで街道を行く。前日と同じく、他に人(や馬車)がいない間は飛ばして、そうでないところではやや速度を落とす。
少し遠くには時折大きな岩山が見える。カミロに聞いてみると帝国は王国よりも鉱山が多いらしい。もしかしたらリケは帝国から来たのかも知れないな。
全体としてはやや荒涼とした景色が続く。草が伸びている部分もあるから、耕作に適さないということではないのだろうが、ここらには人が住んでいないように見える。
王国もだだっ広い草原が広がっているが街や都の近くの耕作地で事足りるようで、あまり遠くまでは広がってないし、似たような状況と考えればおかしくもないのだが。
途中で馬を休ませるために休憩をとる。汲んだ水で顔を洗いながらカミロが言う。
「速いのは良いが、それだけ馬が疲れやすいということはあるな」
「馬も限界はあるからな」
「飯だけ食わせてたら疲れ知らずで走る馬とかいれば良いんだが」
「そんなのいたら行商人が使いまくるだろ」
「当たり前だ」
この世界だと走竜が比較的それに近いのだが、魔力の供給という側面は一般には知られていない。
知っているのはエルフ達くらいで、後はおそらくは王宮の一部の人間たちだけ、とかのようである。少なくとも伯爵家令嬢まで降りてくる話でないことは確かだ。どのみち知ったところで魔力の安定供給を可能にしないと意味がない。
魔力の供給が安定してできるような道具か、あるいは蒸気機関から始まる内燃機関の発達があればカミロの思い描く理想はやってくるのだが、少なくとも俺はそれに自分から関わる気はまったくない。
前の世界の歴史から言えば、その端緒くらいは俺が生きている間に見られるかも知れないが、発展までを見ることは不可能だろうな。
休憩を終えて、街道をひた走る。もう後2時間ほどで日が沈むかも知れないといった頃、にわかに道に荷馬車が増えてきた。
「そろそろか」
俺はカミロに声を掛ける。
「そうだな。あそこに見えるのがそうだ」
カミロの指差す方を見てみると、壁に囲まれた街が見えた。
あそこにヘレンが囚われているのか。俺は思わず荷台の縁をギュッと握りしめていた。