並ぶ荷馬車の列の最後尾に俺たちも並ぶ。少しずつ前に進んでいるが、その分後ろにも次々と荷馬車がやってきて、列全体の長さは一向に縮まらない。待っている荷馬車の間を物売りの少年少女が食べ物や花を持ってウロウロしている。
「坊や、そいつをくれないか」
俺はその中の帽子を被った1人に声をかけた。銅貨5枚を渡して、ミカンみたいな見た目の果物を3つ受け取る。
カミロに聞いたところでは、こういう子達が売っているものの相場は果物一つで銅貨1枚だ。つまり3つで銅貨3枚なので、2枚は余分に渡したことになる。
「毎度あり」
子供は頭を下げ、俺は手をひらひら振った。
「でも、あたい女の子だからね」
ギョッとして見てみると、その子は帽子を脱いだ。確かに髪が短いだけでクリクリした目の可愛らしい女の子だ。
「悪かったよ」
俺は苦笑しながら懐からもう1枚銅貨を取り出すと、女の子に放り投げてやった。
「ありがとう、旦那」
それを帽子で受け取ると、女の子は帽子を被り直して他の荷馬車のところへ行った。
買ったミカンみたいな果物を御者さんとカミロに渡す。果物はオレンジに味が近くて酸味が多かったが、そういうものと思えば十分に美味かった。
チラッとカミロの方を見ると、カミロは一瞬呆れた顔をしたがそっと頷く。これで見つけたら仕入れておいてくれるだろう。
やがて街の門のところに辿り着く。短槍を持って鎧を着込んだ門衛が近づくと、カミロは行商の許可証を取り出して門衛に提示する。
「お前は?」
「この旦那についてきた鍛冶屋でさあ。この方の売り物も作るんで」
聞いてきたので答えると、ジロリと俺の風貌を見やる。まぁ、どう見たところで30歳(中身は40過ぎだが)のオッさんの風貌である。
「通れ」
何秒か門衛は手で通過を促す。俺たち3人は会釈をして通り過ぎた。
「まずは第1関門突破ってところか」
あまり大きくない声でカミロに話しかける。
「入っちまえば、もうほとんどこっちのもんだけどな」
言われて外壁と門を見やる。街の中でも衛兵はいるのだろうが、確かにこの大きさの街では人が1人や2人こっそり動いていたところで見咎められて窮地に陥ることはまずあるまい。ましてや行商人とそれについてきただけの人間である。
さっきの衛兵にしろ、ヘレンと関係がある(と推測できる)王国の行商人がやってきたにも関わらず、大したチェックもなしに通したということは想定通り何の通達も来てないのだろう。
もちろん警戒していることを悟られないための演技である可能性も捨てることは出来ないが、それが出来るようなのに当たってしまったとしたら俺が不運なだけだ。
「情報収集には早めに取り掛かりたいところだな」
俺は今後の話を軽くカミロに振ってみる。
「一番いいのは今日なんだよな。商売するのにあれこれ聞いてる、って言い訳をしやすい」
「明日以降は?」
「その裏付けをして終わったら実行だな。今日で目星はつくと思うぞ。向こうさんも急だっただろうし、隠蔽も完全ではないだろ。ま、とりあえず宿に落ち着こう」
「わかった」
俺は街の様子を荷馬車の上から眺める。あらゆる種族がウロウロしていて活気に満ちている。
ここは商業都市だから色々な土地から様々な人が集まっていてこの活気なのだろうが、普通の街や村の様子はどうなんだろうな。もっと空気が沈んでいたりするものだろうか。
ひとまず集中すべきはヘレンの救出なのは間違いない。俺が役に立つのは最後のほうになるだろうが、そこまででも気を抜くわけにいかないからな。気を引き締めよう。
そんな小さな決意を秘めた俺を乗せて、荷馬車は街の中心部へと向かっていった。