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つくるもの

 まだストーブやクロスボウを作る前、いつもの納品物を作っていた休憩中のことだ。


「そういえば、ここって武器しか作らないの?」


 ふと、そんなことをアンネが言った。


「いや、特にそう決めたわけじゃないぞ」


 言って俺は鍛冶場においてある飲料水用の水瓶から柄杓でカップに水を汲んで飲み干す。


「初めて街へ行ったときは鎌なんかもあったよな」


 サーミャが懐かしむようにそう言った。あれももう半年以上になるんだっけか。

 その後、武器に専念してリケが来てカミロのところに品を卸すようになって……。


「そもそも今使ってる斧だの鍬だのはここに来てから作ったやつだぞ」

「あの使いやすいの、売れるんじゃない?」


 再びアンネが俺に言った。まぁ、俺も最初はそう思って意気揚々と街へ鎌だのを持っていったわけだが。


「それがなぁ、ことはそう簡単じゃないんだよな」


 街には領主お抱え、つまりはエイムール家お抱えの鍛冶屋がいて、農具を作ったり修理したりといったことは、その鍛冶屋がすることになっている。

 それでことが足りてしまうため、売って売れないこともないのだろうが、基本的には誰も買っていかない。

 今も作っているナイフは下町の農業をしない人達が買っていってくれるので、なんとかなったわけだが。


「それ以外のものも、あんまり売れそうに無かったからなぁ」

「鍋とか?」

「だな」


 よほど傷んだなら買い換えるのだろうが、ちょっとした穴あきなんかは鋳掛け屋の領分で、直して使い続ける家のほうが多い。

 となれば、そうそう売れるものではない。下町の人々の感覚からすれば、安いもんでもないし。まぁ、そのたまの機会を狙うのもありだったかもだが、嵩張るからな……。


「かといって、小物は作る手間に比して儲けがな」


 大物でない金属製の食器の需要は庶民にはない。うちで使っているスープ椀やスプーンも木製だし。

 逆にマリウスのとこなんかだと金属製のスプーンなんかもあるんだが、銀製だったりする。無論、そんなものが庶民に買えるはずもない。


 釘やかすがいみたいなものなら多少は需要もあるみたいなのだが、その手間に対して数を作ってもそう大した儲けにはならないのだ。

 いきおい、そこそこの手間で儲けられる武器を作ることが多くなってしまうというわけだ。


「そうは言うけど、大抵のものはもうカミロさんが買ってくれるんじゃ?」

「それはそうなんだけどな」


 アンネの言葉に、俺は肩をすくめた。何を作っても「売るあてはある」と言って買ってくれるだろう。それこそ銀食器でも。……銀で食器作る時って鍛冶屋のチートきくのかな。

 そしておそらく実際に売ってしまうのがカミロの才覚というやつである。自惚れがすぎるのもなんだが、これまでの話でもあったように俺の作ったものでも売れないときは売れない。

 そしてカミロは不良在庫をいつまでも抱えているようなタイプではない。だからこそ帝国や北方にまで手を広げることができたのだろうが。


「もうちょっとのんびりやっていける確信が持てたら、そういうのをメインに作っていくのも悪くないかもな」


 俺が言うと、なぜだかアンネはニッコリと笑った。


「ま、カミロが困らん程度に、だけど」


 今度は他の皆も笑う。


「さ、続きをやっていこう」


 皆の了解の声と、火があげるゴウゴウという音が鍛冶場に響いて、俺たちはいつもの作業に戻っていった。

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