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冬の衣装

「世はなべて事もなしか」

「そうだな」


 俺が言うと、カミロは口ひげをいじりながら頷いた。


 冬に備える、ということでストーブを作り始める直前、俺たちは納品物が揃ったので先にカミロのところに納品に来ていた。もちろん、事前にハヤテに連絡してもらっている。

 ハヤテはカレンさんが都に留まり、“北方使節団”が北方へと帰った当初こそ多少の戸惑いが見えたが、今はのんびりしたここの暮らしにも慣れてきたようだ。

 もし、時折飛ばしてあげたほうが良さそうなら、あまり用事がないときでもカミロのところに飛ばしてあげようかなと思っていたのだが、どうやらその必要はなさそうでそこはホッとした。


 それはともかく、納品のときに色々カミロから話を聞いたが、都でも今は特に何も動きはないそうだ。北方からも特に連絡はなし。

 カレンさんがそろそろ作ったものを送ってくるかもな、くらいなもので、マリウスの領地――つまりはこの街だが――でも特に大きな問題は起きてないらしく、特に遠征なんかもないそうだ。

 いや、遠征はちょこちょこ行われてはいるみたいなのだが、マリウスが家督を継いだあとにポンポンと成果をあげてしまったため、しばらくはそういう「わかりやすい」仕事はないらしい。


 侯爵あたりも忙しくはしているようなのだが、いずれ俺のところにまで回ってくるような話はないらしい。「あの人なりにお前に気を使ってる部分がある」とはカミロの言だが。


「じゃあ、何かあったら遠慮なく連絡をくれ。次は連絡したように3週間後だ」


 そう、1週間と少しで納品物が揃ったので、先に納品して間を長くとり、そこで冬支度を整えてしまおうというわけである。2週間弱冬支度その他の作業に打ち込み、その後の1週間で納品物、そして納品というスケジュールにしたわけだ。

 作業が早く終われば、本格的に寒くなる前にちょっとしたお出かけもありかな、と考えている。本格的な寒さ到来となれば外に出る機会も減るだろうしな。


 そうして納品を済ませ、荷車に戻ると3週間分の炭や鉄石だのといった仕事に使うものの他に、どーんとでっかいものが載っていた。布と羊毛である。家族のそれらは、重さはともかく見た目にはかなり大きい。


「そういえば、暖房を作るから家の中はともかく、外に出る時に寒いよな」

「そうねぇ。一応みんな外套はあるけれど。それとも、何か北方には良いものがあったりする?」

「そうだなぁ……。ああ、あるよ。ちょうどお誂え向きのが。よそ行きには向いてないけど、近くをうろつくくらいなら十分だ」


 来る途中、かなり冷たくなってきた風を感じながら俺とディアナはそんな会話を交わした。それを作る材料がカミロのところにあれば仕立てるということになったのだ。

 ストーブを作っている間は俺とリケがメインで、他のみんなは多少手伝ってもらうことがあるにせよ、手が空くことが増えてしまうだろう。その手持ち無沙汰の解消でもあった。

 丁稚さんにいつものようにチップを渡し、街路を進み、衛兵さんに挨拶をして街を出た。


 街道で、少し窮屈な荷台の上、窮屈さの原因である小山を見ながらリディが言った。


「“ドテラ”でしたっけ? カレンさんが着てた服みたいなやつですよね?」

「近いけど、どっちかと言うと彼女の伯父さんが着てたほうが近いかな」


 カンザブロウ氏は羽織を羽織っていた。あんな感じの上半身だけのコートで、綿とか羊毛を入れてモコモコした感じにしたやつ、というアバウトな説明をしたのだが、なんとなく伝わったようである。

 どっちかというと「鎧下みたいなもんか」とヘレンが納得したのも大きいようだが。鍛冶屋に生まれ育ったリケがそれで納得できるのはともかく、ディアナとアンネが「なるほどな!」という顔をするのはなんだろう、どことなくおかしいような気がしないでもないが、今更か。


 まぁ、そんなものではあるが、着るものということに違いはない。女性陣(つまりは俺以外の全員だが)はデザインはともかく、どこかに誰のものかわかるようなアップリケをつけようだの、クルルやルーシーのはどうしようだのと盛り上がっている。

 それをにこやかに眺めながら、クルルの牽く荷車は街道を進んでいく。そして、荷車が森に入る直前、準備を後押ししてくれているのか、とびきり冷たい風がビュウと吹きつけ、否が応でも冬への備えを意識するのだった。

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