「うーん、多少危険度が上がっているなら、少しでも警報装置だけは作っておくか」
納品を終えて帰る街道の上、俺は言った。
とりあえずは紐に足なりなんなりを引っ掛けたら、鳴子がカランコロンと派手に鳴るだけでも良いのだ。それを俺たちが実際に聞きつけるかどうかはどちらでも良くて、目的は「聞きつけられたかも」と侵入者に思わせることにある。
派手な音が響いたが、何も起きないし聞こえてこない。これは果たして気がついてないのか、それとも何かの方法で覚られずに待ち伏せの態勢を整えているのか。……と思わせられれば、その時点で撤退することもあり得るだろう。
俺たちは“黒の森”に住んでいる。文字通りの地の利を得ることが可能だ。待ち伏せを警戒しても、それには限界があると考えてくれるだろう。多分。
もちろん、併せて矢でも飛ばせれば警告としては上々だろうが、ひとまずは見送っても問題あるまい。
ということを続けて皆に説明する。気がつけば、周りはシンと静まりかえった森になっていた。
「そうですねぇ……」
リディがおとがいに手を当てている。さっきまで話を聞きながらもあちこちに視線を巡らせて警戒していたヘレンも、同じようにして考えてくれているようだ。
森に入ってしまえば、俺たちにとっては街道よりも安全だからな……。
それでも、全く気を抜いているわけでもなさそうではある。俺も周囲に目をやると、いつもならそれなりにいるはずの動物達の姿があまりない。
群れをはぐれたか何かだろうか、かなり遠くの方に大きいらしい樹鹿の姿を1頭見かけただけだ。
「春を待ってからでも良いと思ってましたけど、鳴子だけでもつけましょう」
ややあって、少し俯き加減になっていた顔をあげたリディがそう言った。ヘレンも頷いている。
「うちには優秀な子もいるけど、なるべく早めといたほうが良いだろうからな。来るか来ないかも分からない、ってなら用意しといた方が良さそうだ」
そう言ってヘレンはルーシーを撫でた。彼女は狼の魔物である。最近成長著しい彼女なら、言葉は悪いがさぞ優秀な衛兵であることだろう。
しかし、基本的にはうちの子達にあまり物騒なことをさせたくないのはヘレンも同じらしい。
「狼たちもこの時期はお休み、ってなら余計にかな」
「そうだな」
もう少し暖かい時期なら、この“黒の森”を狼たちがそれこそ衛兵のように歩き回っているので、多少は警戒を任せることも出来るだろうが、冬の時期は動きが鈍いとサーミャも言っていたし、そもそも別にうちを守ろうと巡回してくれているわけではない。過度な期待は禁物である。
「よし、それじゃあ明日からはその辺をやっていくか。今日は全面的にお休みにしよう」
俺がそう言うと、皆から了解の声が返ってくる。その声は冬の風が渡り、葉擦れの音だけが聞こえる森の中に響いた。
翌朝。俺は寒い朝の日課を終えて家に戻ってくる。居間では湯で皆が身支度を調えていた。俺はかまどに火を入れて、軽く手を温めた。
「なんだか降ってきそうだったな」
あまり大きくない声で俺はそう独りごちる。さっき娘達と水を汲みに行くとき、雲が空を覆っているのに気がついた。
雨……の割には雲が重くなさそうだったので、降るとしたら雪か。冬本番にはまだもう少し早いと聞いていたが、「あわてんぼうのサンタクロース」よろしく、少しだけ急いでやってきたのかも知れない。
などと思いながら朝飯を済ませ、今日の作業をするべくリケと2人で鳴子に使う木材や紐を用意していると、
『わぁっ』
と表から皆の声が聞こえてきた。
何事かと俺とリケで慌てて外に飛び出すと、空からふわふわと落ちてくる綿毛のようなもの。
そう、雪がこの“黒の森”を白く染め上げるべく、降ってきたのだった。