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決着はつかず

 勝負はなかなかつかなかった。最後までサーミャとヘレンの2人が残っていたからだ。いや、厳密には娘4人が“ノーカン”(とっくに4人とも雪玉にぶつかっていた)なので、動いているのは6人だが。

 2人は雪上にも関わらずものすごい速度で動きながら、雪玉を投げあっている。その光景を見て、前の世界のゲームがとても上手な「TASさん」という人を俺は思い出していた。限界のその上ってあるんだな。


「行くよ!」

「クルルルル!」


 クルルの背に乗ったマリベルが号令をかけると、クルルが走る。その背中の上からマリベルが雪玉を放る。

 クルルのスピードと、マリベルの狙いによってフワッと浮いた雪玉は、サーミャの雪玉を避けたヘレンに吸い込まれるように向かっていった。

 ヘレンの体勢は崩れている。俺なら確実に雪玉を食らっている……いや、それ以前に派手にすっ転んでいそうだ。

 だが、ヘレンはそのどちらでも無かった。いかなる足の運びをしたのか、すんでのところで雪玉を避け、体勢を立て直した。

 サーミャも負けじと、ヘレンの豪速球を躱し、ルーシーの放り投げる雪玉と、ハヤテが空中から投下する雪玉を器用に避けていた。


 2人が避けるたびに家族からは拍手喝采が巻き起こる。試合として凄く見応えのある内容にはなっている。なっているのだが……。

 あんまりにも勝負がつかないので、適当なところで仕切り直しにした。昼飯前にもう1戦くらいして、まだやりたければ昼飯を食べてから再開しよう、と言うことだ。

 結局、昼飯の後も引き続き2戦ほど行った。2戦で済んだのはヘレンを除く皆が疲れたからだ。


「流石のサーミャも厳しいか」


 テラスの床でぐでっとなっているサーミャに声をかける。彼女はそのまま手を挙げてヒラヒラと振った。声を出すのも億劫らしい。

 彼女の身体から湯気が立ち上っている。どれほど運動したかが窺い知れるというものだ。それは再び(というか、4戦全部)早々に退場してすっかり体温の下がった俺以外の皆も似たり寄ったりだ。

 ディアナもモコモコに着込んでいたうちの何枚かを脱いで放熱を図っている。流石に暑かったらしい。


「あんまり身体を冷やしすぎないようにな」


 俺が言うと、バラバラと返事が返ってきた。


「そう言えば、来ませんでしたね」


 俺の次くらいに退場して、すっかり息が整っているリディがぽそりと言った。


「ん? 誰が?」

「リュイサさんです」

「ああ……」


 昼を挟んで、それなりに長い時間レクリエーションをしていたのだ、いつもリュイサさんなら「わたしはどっちにつこうかな」と参加しに来るか、少なくとも「ここで見てていい?」と見学すると思うのだが。


「まぁ、あの人もこの森の主だから、忙しいんだろう」

「温泉には結構来てますけどね」

「そう言えば言ってたな」


 うちに温泉ができてから、リュイサさんは足繁く通っているらしい。一緒に入った日は家族の誰かが大概報告してくれていて、そこから頻度を察するとかなりの回数来てることになるな。


 そんな彼女がこんな楽しそうなことを見逃すか? と言われると、確かにちょっと考えにくいな。“黒の森の主”相手に不遜な考えでもあるが。


「何もなけりゃ良いんだが……」


 有り体に言えば、フラグというやつだろう。少し情緒のある言い方をすれば、虫が知らせたと言えるかも知れない。

 ビュウ、と寒風が吹いたと思ったら、そこにはリュイサさんが現れていた。

 寝転んでいた皆も思わず体を起こす。立ち上がるところまでは出来ていないが。


 リュイサさんはいつもの柔らかな表情ではなかった。いつになく真剣な顔をしたリュイサさんの様子に、俺たちの表情も引き締まる。


「突然ごめんね、エイゾウくん」

「いえ……」


 リュイサさんはそう切り出した。この様子だと、あまり気楽に聞いていて良さそうな話じゃなさそうだな。

 そう思い、俺は居住まいを正してリュイサさんの話を聞く体勢を整えるのだった。

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