「あまり、いい話ではなさそうですね」
俺のほうからそう切り出した。気がつけば、寝転んでいた皆も俺の周りに集まってきていた。
「そうねぇ……」
リュイサさんがおとがいに指を当てる。少しおどけた様子にも見えるので、少なくとも俺達の身に危険が迫っているとかではないようだが。
……そう言えば、この雪では鳴子があまり役に立たなさそうだな。音が響きにくいだろうし、雪が乗っかって鳴らないこともありそうだ。
ここまで積もることは滅多にないらしいが、なにか考えるか。
と、リュイサさんが手招きをした。俺にではない。マリベルにだ。マリベルは小首を傾げたあと、俺のほうを見た。
俺は頷く。リュイサさんは“黒の森の主”である。「この森の最強戦力」の機嫌を損ねるようなことはしないだろうし、もし何かあるなら“黒の森”の行く末に関するものだろうから、聞ける範囲のことは聞くつもりだ。
マリベルはおずおずといった感じで空中を浮遊し、リュイサさんに近づいた。一瞬、リュイサさんの顔が緩む。
もしかして、単に新たに生まれた炎の精霊を見たかっただけなのでは。
そう思ったが、すぐにその揺るんだ顔がほんの僅か引き締まった。
「あなたね。最近ここで生まれたのは」
リュイサさんの言葉に、マリベルは頷いた。その様子をリュイサさんは眺めている。
恐らくだが、マリベルが生まれたのはイレギュラーな事態のはずで、その確認をしにきたのはあるはずだ。“黒の森”の生態系に影響が出そうな魔物の発生も把握していたし。
どうやら危ないものではないと分かっていても、実物の確認をしにくるのはおかしい話ではない。ない、のだが。
それなら、わざわざ雪のこんな日の日中に来ずとも良さそうなものだ。日を改めるなり、うちの家族が温泉に行くときに合流するなりで済ませれば良いはずだ。
つまり、それなりに急ぎでもある、ということらしい。
「良いところで生まれたわね」
少し怯えた様子だったマリベルは、リュイサさんにそう言われて破顔した。リュイサさんも小さく笑ってマリベルの頭を撫でた。
「さて、それじゃエイゾウくん」
「はい」
リュイサさんは真っ直ぐに俺の目を見た。俺もリュイサさんの目を見返す。沈黙が流れた。いつにも増してシンとした空気になる。積雪のせいもあるだろう。それそのものが吸音することに加え、空気が冷たくてより静謐に感じる。
しばらく逡巡していたリュイサさんが、口を開いた。
「この子をしばらく私に預けて欲しいの」
俺は思わず目を見開いた。他の家族も似たり寄ったりの表情をしていたと思う。マリベルがうちに来てまだ数日でしかないが、すっかりうちの娘として俺達も接していたところだ。
「期間はどれくらいになります?」
「それはちょっと明言できないわ。季節が一巡りすることはないと思うけど」
「理由も言えないやつですかね」
「そうね。本当に申し訳ないのだけど。ただ、この子に害があるようなことは絶対にしないと、それは約束するわ」
今度は俺がおとがいに手を当てて考える番だった。“黒の森の主”が預かって何事かをうちの娘にすると言う。
教育か何か、そういったものを施すのだろうか。リュイサさんもマリベルも精霊である。人間には及びもつかない種々のことがあるのかも知れない。それなら言ってくれても良さそうなものだが。
俺はチラッと家族のほうを見る。ディアナが一番心配そうにしているが、まぁ皆似たり寄ったりと言っていいだろう。
可愛い末の子をしばらく手もとから離す、という話をさらっと流せるわけもない。ましてや詳しい理由も分からないのだ。
「マリベルはどうだ? 行っても平気そうか?」
俺はマリベルに聞いてみた。あまり良い手段ではない。この辺の判断がちゃんとつくかも分からないのに、判断を任せるのは無責任だとの誹りを受けてもおかしくないだろう。
それでも、マリベルに聞いてみないといけないと、そう思ったのだ。
マリベルは困った顔をした。そして、リュイサさんのほうを見る。
「行かなきゃダメ?」
「そうね……。来なかったらお仕置きなんてことはしないけど、来てくれたほうが貴方のためになるわ。エイゾウくん達のためにも。そこは私が“黒の森の主”として約束する」
真剣な目をするリュイサさん。マリベルは俯く。俺は思わず唇を噛んでいた。それが自分の不甲斐なさを誤魔化すためか、それとも他の何かなのかは分からずじまいだったが。
やがて、マリベルは顔を上げた。