「うーん、寒いな!」
暖かい家の中から外に出ると、ピュウと風が吹いた。まるで刃物が混じっているかのような冷たさだ。
雲はないから、日がもっと上がってくればマシになると思うが。
ディアナとリケがクルルに装具をつけている。途中、良さそうなところがあれば弁当や釣りの時間にしよう、ということになったので、その荷物を積みこむための装具だ。
装着し終えると、クルルの背中に籠が乗っている。その中には敷物や弁当箱――木製の行李みたいなもの――や道具に食器が積み込まれていた。籠の脇からは水を入れておくための袋が下がっていて、朝汲んできた水を入れてある。
他にも細長いものを入れておくための筒がつけられていて、いざという時は槍をここに据えることもできるが、今は釣り竿が入っている。
一通り荷物を積み終えると、クルルは満足そうにフンスと鼻から息を吐いた。ルーシーがキラキラした目でそれを見上げている。いつかは自分も、と思っているのだろう。
しかし、クルルはいわば専門家で、ルーシーはそうではない。でも、そこらにいる狼くらいの大きさになれば、マリベルを背中に乗せて駆け回る事は出来そうだ。
「うーん、マリベルも来られれば良かったわね」
「そうだなぁ」
キャッキャとはしゃぐ娘達を見て、ディアナが言い、俺は頷いた。ここに4人目の娘がいたら、更に賑やかだっただろう。初めてのお出かけにワクワクして、3人と一緒にはしゃぐ姿が目に浮かぶようだ。
その光景が今見られれば良かったのだが、マリベルがリュイサさんと一緒にどこかへ出かけてからまだそんなに経っていない。望んでも詮ないことだ。
「いずれちゃんと帰すとリュイサさんの太鼓判もあることだし、その楽しみはもう少し先に取っておくことにしよう」
「そうね。早く帰ってこないかなぁ」
残念な気持ちを微塵も隠す気のないディアナ。それに家族からの同意の頷きが帰ってくる。ともあれ、これで準備は整った。
「よし、それじゃあ出発だ」
『おー!』
「クルルルル」「わんわん!」「キュイー」
それぞれのかけ声で気合いを入れた俺達は、寒風何するものぞと言わんばかりに、森の中へ歩みを進めていった。
今日は目的があるわけでもないから、森の中を進むスピードはのんびりしたものだ。サーミャもヘレンも周囲に配る目がそこまで厳しくない。街道を行くときのほうがよっぽど警戒している。
その辺についてサーミャに聞いてみると、
「この辺りは慣れてるからなぁ」
ということだった。その後をヘレンが引き取る。
「基本的に人が来ないし、大きな獣もそう数は多くない。アタイでもそんなに気を張らなくても大丈夫だよ」
なるほど。この辺りはせいぜい狼くらいだが、彼らが俺達を襲うことはあまりない。襲いかかってくるとしたら熊か魔物くらいなものだが、それはそこまで鼻が利かなくても気がつくということか。
「街道のほうは人間がいるから、アタイにとっては厄介だね」
「確かにあっちの方が視線が鋭いな」
俺が言うと、肩口に軽く衝撃が走った。ディアナの連続したやつに比べたら、大した衝撃ではない。
「ま、この時期でそんなに獣たちもいないし、そこまでピリピリしなくても大丈夫だよ」
その様子をやや呆れた様子で見ながら、サーミャが言った。
冬だから動物たちも籠もっているのかと思いきや、外に出ることを選んだものもいるようで、時々茂みや木の枝が揺れたり、チッチッと小さな声で鳴いているのがいたりする。
「あれは何かしら?」
「あれはですね……」
ほんの僅か姿を見せている小鳥やリスなんかをアンネが指さし、リディが答えている。
こうして、冬の森をのんびりと散歩するように俺達は進んでいった。