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一家の釣り

 のんびりとした時間が過ぎていく。時折歓声が上がるのは、誰かが魚を釣り上げたからで、川の端に作られた生け簀にその成果がどんどん蓄えられていく。


「わわっ! すごい!」


 驚きの声を上げたのはマリベルだ、彼女もなかなかの大物を釣り上げたらしい。

 とはいえ、当然ながら小さな精霊の身体で釣り竿を操ることは難しい。釣り竿を支えたり、大体の位置へ針を投げているのはリケだ。

 それでも竿に伝わる感触を楽しむには十分だったようで、自分の身体ほどもあるマスに似た魚を抱えながら、リケに今の興奮を伝えている。


 他の家族も、アンネを含めて皆1匹は釣っていて、サーミャは〝黒の森の獣人〟としてのメンツがあるのだろう、彼女だけ短時間に3匹も釣り上げていた。

 そして、


「うーん、俺だけ釣れない」


 俺はガックリと肩を落とす。特に釣りたいと思っているでもなく、殺気も特に発していないと思うのだが、かかったように感じてもエサだけ器用に取られている。

 俺の対戦相手は余程頭の良いやつらしい。……そう思うことにした。


 そうとなれば持久戦だ。今の調子なら俺がボウズでも家族全員プラスアルファくらいは釣れるだろう。

 念のためにサーミャに取り過ぎにならないか確認したところ、「またエイゾウが変なことを気にしはじめた」と言わんばかりの表情で、


「仮にアタシたちがちょっとこの辺のを取り尽くしたとしても大丈夫だ」


 と一言で力強く請け合ってくれたから、皆が釣りを止めて休憩するなり、娘達と遊ぶなりしている中、俺一人で獲物との対決を延々と続ける必要はない。

 俺は何度目かの針を投擲した。


「うーーーーん」


 昼飯を頬張りながら唸る俺に、クルルがほっぺを擦りつけてきた。しっとりと、しかしやや硬さのある、しかし温かな感触が伝わってくる。


「おお、よしよし」


 俺はクルルの頭を撫でた。彼女なりに心配してくれているのだろう。俺の傍らにはルーシーがピッタリとくっついて座り、目の前ではハヤテが座り込んでいる。

 マリベルはあの後更にスコアを伸ばしていて、それを多くはない語彙で一生懸命「お母さんたち」に伝えていた。

 それを見て、俺は閃いた。そうだ、それもアリだな。これを食い終わったら、早速始めてみよう。


「よしよし、うまいぞ」

「クルルルル」


 釣り竿を口にくわえたクルルが勢いよく先端を跳ね上げた。バシャリと音がして、竿から繋がった糸の先、針のあるところでは大きな川魚がその身を翻している。


「クルルルゥ」


 ピチピチと跳ねる川魚を見て、クルルは喜んだ声をあげる。

 そう、俺は自分だけで釣るのは止めにして、娘達にも釣りを楽しんで貰うことにしたのだ。もちろん、リケがマリベルにやったのと同じ方式ではあるが。


 こうやって喜んでいるクルルを見れば、この選択が間違いでなかったことは一目瞭然だろう。俺が釣れない代わりに娘達が喜んでくれるなら、それで何も問題は無い。無いったら無いのである。


 同じことをルーシーとハヤテにもしてあげた。2人とも割と早くに釣り上げ、喜びをあらわにする。

 こうやって同じことをやらせてみると、性格なのか種族的なものなのか、釣り方が三者三様で面白い。

 クルルは基本川の流れに任せ、その後も基本は放置で、針にかかってからもどっしり構えていた。

 ルーシーはクルルと違って、竿をくわえて走り(ついていくのが少し大変だった)、川の流れとは時に逆らいながら動かしていた。かかった瞬間の見極めが上手いのは、やはりルーシーが狼だからだろうか。

 ハヤテは川の流れに任せてはいるが、こまめに竿の先を動かしていた。かかった瞬間にピッと竿を引いてフックさせるのが一番上手かったのもハヤテだ。


 性格みたいなのが出ているのかなと思いながら驚いたのは、3人ともこれが釣りであるということをどうやら理解出来ていた所だ。

 クルルもハヤテもドラゴンの一種だし、ルーシーは狼の魔物であるからだろうか。

 今後の万が一に備えて、何をどこまで理解出来ているか、確認しておいたほうが良いかも知れない。

 いざという時にはあの家を捨てていくことも考えなければいけないのだし。


 しかし、今はゆっくりと娘達との時間を楽しむことにしよう。そう思い、俺は今度はクルルのために竿を大きく振るって針を飛ばすのだった。

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