結局のところ、俺単独で釣った魚は全くのゼロだった。娘達が楽しければそれでいい。うん。
家に帰ってきてから、夕食の前にいくつか釣った魚を開いて塩水につけておいた。
数が多いので、干して保存食にしておくのだ。春になってこっち、湿度も徐々に上がってきて、いつまでも保存できるほどではないと思うが、鍛冶場は変わらず乾燥しているし、そこそこの期間は保つはずだ。
あんまり乾燥させた状態だと「鮭とば」みたいになりそうだしな……。呑むときのツマミにはいいだろうけど、飯としてはちょっと問題がある。あまり傷んだり乾燥しすぎないうちに食べるようにしよう。
夕食は釣った魚をシンプルに塩焼き(マリベル以外の娘達には味付けなし)にしたものである。そこにいつものスープとパンで、メニューとしては質素だ。
しかし、スープもいつも通りではあるが、リディが丹精込めて育てた――つまり、エルフの――ハーブや野菜なので、見た目以上に希少なものではある。
この森の外で望んでもそうそう口に出来るようなものではない。その意味ではかなり豪華な夕食であると言えよう。
ちょっとしたお祝いはもう済んだので、夕食時に飲酒する家族はいなかった。
ダメなわけではないし、翌朝まで酒が残る人もいない(アンネの寝起きが飛び抜けて悪いのは飲酒とは関係ない)ので、呑むことを制限してはいないのだが、俺が酒に弱くて毎日は呑まないからか、みんな普段は遠慮しているらしい。
週に1~2日程度リケが呑むのに合わせて呑む家族はいる。
大抵はヘレンが続いて、その次は意外にもリディである。彼女曰く、
「前の森でも結構呑んでましたよ?」
とのことで、その言に違わずリケの次くらいに呑んでも変わらない。ドワーフやエルフはアルコールへの耐性が高いのかな……。毒が効きにくそうなイメージもあるし。
その次がアンネ、ディアナでサーミャと続く。サーミャは単純に飲酒の機会が他のみんなと比べて少ないからのようだ。出生からの経過年数という意味での年齢だと、今年で6歳だしな……。
「でも美味いのはわかる!」
そう強く主張するので、時折年齢を思い出したらしいディアナも特に咎めたりはしていない。
アンネとディアナについては、
「皇女はあちこちに顔を出す機会も多くて」
「私も似たようなものよ、皇女ほどじゃないけど」
皇女と伯爵令嬢、という立場からだった。アルコールの分解能そのものは単純に個人差なので、ちゃんと呑み方楽しみ方を知っている、ってことなんだろうな。
かなり酒に弱くて、そういうことを習得する前に電池が切れたように寝てしまう俺には大変にうらやましいことだ。
さておき、この日は大変脂ののった川魚に舌鼓をうち、誰が釣ったのが一番美味いかなどといった話に花を咲かせて、休日を終えた。
翌朝、いつもの通りに朝の水汲みを済ませる。湖の水も基本的には年間を通して冷たさを維持しているが、それでも多少の温度の変化はあって、冬の身を切るような冷たさは幾分和らいでいる。
その帰り、クルルから水瓶を下ろしていると、俺の耳にバサバサと羽音が響いてきた。
この森の鳥に、大きな羽音を立てるものはあまりいない。フクロウの羽のような構造なのか、静かに飛んでいく。小鳥なんかはどうしようもないのか、パタパタと可愛らしい羽音で飛んでいくが。
さておき、大きな羽音はつまり、この森のものではない。音のした方を見上げると、見たことのある姿だった。
「アラシ!!」
カミロの所にいる小竜、アラシだ。アラシは俺の声に気がつくと、真っ直ぐに向かってきた。
俺が水瓶を地面に下ろして腕を差し出すと、アラシはそこに上手にとまった。
「よしよし」
俺がアラシの頭を撫でてやると、アラシは「キュイキュイ」と喜んだ。
アラシはうちへ伝書鳩ならぬ伝書竜としてやってくる。定期的に街や都の様子を知らせてくれる「新聞配達」もあるが、今日はその日ではないはずだ。
それ以外だと連絡の為に寄越されることがある。
「ちょっとごめんな」
俺はアラシに断って、脚に括り付けられている小さな筒から紙切れを取り出す。
そこには、
「例のものが完成していたら先に都へ向かえ」
そう記されていた。