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都の星の下で

「有り体に言えば、君の家のことだよ」

「うち?」


 余り大きくない声での会話。俺が言うと、マリウスは頷いた。


「〝黒の森〟にあることは勿論知ってるけど、とはいえ、充分に安全というわけじゃないだろ?」

「いや、どうかな……」


 鹿に狼、熊といった天然の衛兵が巡回しているし、周囲には罠も巡らせてある。ちょっとやそっとの軍勢だと、うちに矢を射かける前に全滅――軍事用語ではなく、字義通りのほうだ――しているような気がする。

 視点が違い過ぎるからあまり頼るつもりはないが、リュイサさんも、もしかすると何かあれば手助けしてくれる可能性もある。


 それでいえば、あそこほど堅牢なところはないように思えてくるな。

 しかし、それでもアンネの時は森の入り口で待ち伏せされていたので、完璧に安全であるかと言われれば、そうではないのも事実である。


「そこらの私兵程度なら、一瞬で壊滅させられる自信はあるよ」

「エイゾウが言うと冗談に聞こえない……いや、冗談じゃないのかな。あの剣に〝迅雷〟までいるものなぁ」


 今度は俺が頷いた。そもそも純粋に我がエイゾウ工房は戦闘力は高いのである。なにせ〝黒の森〟の最高戦力でもあるわけだし。

 リケとクルル、それにハヤテが直接的な戦闘に参加しにくいだけで、もう随分と身体が大きくなってきたルーシーがその速さを活かしてヘレンと一緒に襲いかかったら、手がつけられないように思う。


 そして他の面々はそれより落ちるというだけで、決して弱いわけではない。戦闘に一番慣れていないであろうアンネですら、ヘレンの手ほどきで随分と強くなっている(彼女の場合は純粋にフィジカルが強いのもあるが)らしいので、他を狙えば、という単純な話でもない。


「うーん、だとすると余計なお世話かな。でもな……」

「今日は妙に歯切れが悪いな」


 マリウスは少し唸ったあと、俺のほうを見て言った。


「実は、エイゾウの家の場所を公爵派が探ろうとしている」


 彼の言葉自体はある程度予想していたものだ。でなければ家の周囲に警戒網を張り巡らせたり、家に弩弓を用意したりはしない。

 それでも思っていたより早いそれに、俺は自分の目が見開かれるのを自覚した。


「勿論、全力で防ぐつもりだが、それでも万全とは言えない。そこで、明日の王国と帝国の会談のあと、皇女殿下が帝国に帰る……という体で、それについて帰還する一行として帝国に入り、そのあと転々と居を移すという策はどうかと思っていたんだが……」

「もしかして、通行証はそれもあってか?」

「うん。使えば目立ちはするだろうが、なにせ王国王家と帝国皇帝の後ろ盾だからね。見た衛兵なりが公爵に伝えるには躊躇するだろうし」

「お前が街で衛兵してたときでも、躊躇したか?」

「確認するのも少し怖いよ。一見して普通の鍛冶師にしか見えない男が、複数の女性を連れていると思ったら、王国王家と帝国皇帝の紋章入りの通行証だぞ? 実際にはどんな身分だか分かったもんじゃない」


 言ってマリウスは苦笑した。一介の衛兵氏に見えている地雷を踏めというのも酷な話だ。実際には爆発しないのだが、それは外見からは分からないのだし。


「で、どうだい? エイゾウ、いや、エイゾウにとって〝黒の森〟が大事なのは分かってるけど、少しの間離れるというのは」


 マリウスはいつになく真剣な顔をしている。自分が何を提案しているのかは分かっているのだろう。

 僅かな間でも今の場所を捨てて流浪の生活を送れ、というのは家族との別れも覚悟せねばならない話だと。

 彼はその真剣な顔のまま続けた。


「もちろん、その間にかかる費用は負担するし、何かあれば即座に対応するよ」


 俺があの森に拘る理由は、「あそこでなければ良い製品が作れないから」ということもある。

 そうなればカミロの所に安定して製品を卸せなくなり、「おまんまの食い上げ」というやつである。

 今回はそこの心配はいらないらしい。なんなら好きなものだけを作ってのんびり過ごすことだって可能だろう。

 しかし、だ。俺の脳裏には家族の皆の笑う顔が浮かんだ。


「すまんが、それはできない」


 俺がマリウスを見据えてそう言うと、彼は少し寂しげに笑うのだった。

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