「面白そうだな、とは思うよ」
俺はマリウスをまっすぐ見たまま続けた。
実際、面白そうだとは思うのだ。行く先々で困っている人の手伝い――出来れば鍛冶仕事が役に立つようなことで――なんかをしながら、物見遊山でこの世界を周り、見聞を広める旅はどんなにか楽しいだろう。
そこに家族の皆がいるなら言うことはない。多分、笑って毎日を過ごせるだろう。
しかし、それでもやはり、
「俺にとってあの森は受け入れてくれたところだから」
マリウスはきっと、俺が北方から来た後で受け入れてくれた場所だと解釈しているだろう。
勿論、実際にはそんなレベルではなく、違う世界からやってきて受け入れてくれた場所だ。俺にとって恩の大きさが違う。
ほんの一週間か二週間離れる程度なら、義理を欠くこともあるまい。まぁ、妖精さん達の事情を知った今では、おいそれと離れる気にはならないが。
ともあれ、〝黒の守り人〟なんて称号まで貰っている状態で、〝黒の森〟を長いこと離れ、いつ帰ってくるかはよく分からない、というのは俺にとっては相当に義理を欠くことなのだ。
それをそのまま伝えることはできないので、
「その恩を返すまでは、あの森を離れる気はないな」
とだけ言っておく。マリウスは小さくため息をついた。
「もし、一人になってもかい?」
「だと思うよ」
俺が一人になる、ということはあり得るだろうか。うちにディアナが来て、そう経たないころ、ミスリルの細剣を打ったときに、それを世に出すことへの葛藤を吐露してしまったことがある。
うちから誰もいなくなるなら、あの時にいなくなっていただろうし、少なくともサーミャは〝黒の森〟の住人だ。家から離れてもちょくちょく顔を出すくらいのことはしてくれるんじゃなかろうか。
いや、全くしてくれないとしても、俺が恨みに思うことはないんだが。
なので、もし俺が一人になっても、それはそれとしてあそこで暮らし続けるだろう。最初に覚悟していた生活が遅ればせながらやってくるだけの話だ。
「エイゾウは、もうあそこだけで生きていく気なのかい?」
「う~ん」
マリウスの言葉に、俺は腕を組んで頭を捻った。なにかそれも違うような気がする。別に「もらったチートで世界に変革を」とか大それたことはできなくていいから、それなりに外を見て回りたい欲求もあるのは確かだ。
「まぁ、あの森に恩を返して、色んな懸念が片付いたら、その時は少し考えるだろうよ」
俺が言うと、マリウスは一瞬キョトンとしたあと、音が響かないようにか、くつくつと笑った。
「その頃には世界に名が轟く鍛冶屋になってないか?」
「いやぁ、そんなことないと思うぞ」
俺の力は借り物だ。有効活用しようと思っているし、借り物でも腕前は確かだが、リケのように純粋に自身の才覚でなっていくものは世界にいくらでもいるだろう。
栄誉があるというなら、それはそういった人達が授かるべきで、俺としてはひっそりと暮らしていきたいのは、仮に住居が〝黒の森〟でなくなったとしても変わらない。
俺はマリウスにそう言った。変に隠す必要もないし。
「エイゾウはもう少し欲をかいてもいいと思うけど」
「俺はもう十分欲張ってるよ」
この世界に来て友達ができて、家族と暮らせているのは、俺にとっては望外のことだ。まぁ、戦闘だったり陰謀だったりがないわけではないのが玉に瑕というやつだが。
マリウスは今度は少し困ったようなような顔で笑って、
「だからこそ仲良くしたいと思えるのかもなぁ」
そう、夜の闇に消えてしまいそうな小さな声でポツリと言うのだった。