「どうぞ」
ノックには俺が応えた。スゥと静かに扉が開けられる。そこから少し頭を下げて入ってきたのは……。
「アンネ!」
サーミャが少し大きめの声で言った。慌てて自分で口を塞いだが、今くらいの声なら遠くまでは響かないだろう……多分。
「ああ、疲れた……。あれ、どうしたの?」
アンネはキョトンとしている。俺たちも負けず劣らずだが。
「いえ、まさかここで合流するとは思わなくて……」
そう言ったのはディアナだ。俺も含めて、他の皆はうんうんと頷いている。
「帰って来ない可能性もあったし、仮に落ち合うとしても都を出てからだと思ってたぜ」
ヘレンが苦笑しながら言った。再び頷く俺たち。
「途中で待ってるなら、教えてくれるでしょうからね」
「まだこのお屋敷には王国の偉い人がいるんでしょうし、屋敷の外には普通に出てるものだとばかり」
リディとリケがヘレンに続く。
「まぁ、私もそう思ってたんだけどね」
今度はアンネが苦笑した。
「ビックリしたわよ。まさか屋敷を出て、すぐ戻るための隠し通路があるなんて思わないもの」
「え、そんなのあるの?」
ディアナが驚いて言った。生まれた時からつい昨年までこの屋敷にいたディアナが知らないということは、身内にも内緒だったのか。
「屋敷を出たフリをして戻る以外にも、正面や裏手以外からこっそり戻るにも使うんだって」
「へぇ」
「途中、手順を間違うと罠が発動するとも言ってたわね。勿論、それは見せてもらえなかったけど」
「ああ、それで帝国皇女でも通したのか」
「でしょうね」
今度はアンネが頷く番だった。俺やディアナから見て家族である、と言っても、アンネは紛う方なき帝国皇女だ。
そんな立場の人間に、王国貴族の屋敷の、秘中の秘をホイホイ教えるはずもない。
それなのに教えるということは、それなりのセキュリティがあるのだ。それも、多少のことでは突破できないようなものが。
「もし監視下に置くなら表と裏以外に、どこを見張ればいいか少なくとも一つは分かったけど、多分他にもあるんでしょうね」
「だろうなぁ」
もう2つ3つそんな入り口があっても、なんの不思議もない。
しかし、今まではただ武で名をあげた家だからだと思っていたが、ここまで様々に備えているのは尋常ではない。今の我が家と同等かそれ以上の警戒っぷりだ。
俺がそれとなくその辺を口に出すと、
「そりゃあ、『身内』を警戒してんだろうな」
ヘレンがボソリとそう言った。
「昔に何があったか知らないけど、都のど真ん中でこんな要塞みたいにしなきゃいけないってのは、外に向けてじゃない。ここまで来られたら、もう負けてるからな」
「じゃあ、残るは『身内』ってことか」
「ああ」
ヘレンは頷いて、部屋の中から外を見やる。
「あちこちの窓が屋敷のすぐ外を見張れるようになってる。外に向けてならもうちょっと遠くを見られるようにするし、ここを建てたディアナのご先祖様は相当賢いぜ」
そんなヘレンの言葉に、直接自分が褒められたわけではないが、ディアナが僅かばかり胸を張るのだった。