アンネの話を聞くに、贈り物の話はこんな様子だったようだ。
マリウスはチラリとルイ王弟の方を見た。彼は鷹揚に頷く。
「それでは、こちらが贈り物になります」
そう言ってマリウスは小箱を使者に差し出した。直接「皇女殿下」に差し出すのは不遜に過ぎるからだ。
「あらためても?」
「もちろん、どうぞ」
たずねる使者にマリウスは笑顔で応じた。使者は仏頂面で小さく頷く。機嫌が悪いのではなく、王弟の前でも表情が変わらないところをみると、彼の素がこうなのだろう。
そして、使者は小箱の蓋に手をかけた。そろりと使者の指が蓋を開けていく。中からは一見する大きく爪の伸びた指で……
「ドラゴン?」
「ええ」
使者のつぶやきに、マリウスが頷いた。
「作った者によれば、〝神竜の爪〟と銘したそうです」
「ほほう」
そっと使者が「ドラゴンの指」――〝神竜の爪〟を持ち上げる。
ガタリと音がして、マリウスが音のした方をチラリと見やると、王弟が僅かばかり腰を浮かせていた。彼も見るのはここがはじめてである。
彼も閑職に回されてはいるが愚鈍ではない。事前に贈るものの概要も知らせてあるし、心配する必要はないだろうが、万が一欲しがられでもしたら厄介なので、見せてはいなかったのだ。
公爵派はといえば帝国の使者に負けず劣らずの仏頂面で、こちらは大事な役目を主流派に奪われた不快感を隠そうともしていない。
マリウスは「こういうときこそ、にこやかにしているものだぞ」と心の中だけでアドバイスを送る。
マリウスの位置からは侯爵の表情は窺い知れないが、きっと、このような場でなければ呵々大笑していただろう事が容易に想像できるほどの笑顔で笑っていることだろう。
王弟が腰を浮かせた音につられたのか、一瞬だけ使者が王弟の方へ目をやったが、すぐに〝神竜の爪〟に目を戻す。使者が皇女を見ると、彼女は頷いた。
そっと使者が〝神竜の爪〟を皇女に差し出す。実際のところ、彼女はそれがどういうものなのか、かなり詳しく知っているので見るまでもないのだが、そんなことは全く知らない素振りをした。
一瞬、彼女の脳裏には「そもそも刃物の扱いを知らないフリをしたほうがいいかしら」との考えが浮かんだ。
勿論、彼女は全く問題なく刃物を――両手剣に至るまで――扱えるのだが。か弱い皇女殿下の身分を強調するなら、それもありなのではと思ったのだ。
しかし、さすがにそれはやり過ぎか、と頭の中だけで皇女は苦笑し、〝神竜の爪〟、すなわちオリハルコン製のナイフを矯めつ眇めつする。
エイゾウがポツリとこぼした名前はなんだっただろうかと皇女は思い返す。
そうそう、確か「カランビット」だ。北方より更に北の地域のナイフ形状をさす言葉らしい。
使い方にかなり癖があるとかで、さしものヘレンが「これは難しい」と言っていたことも、皇女は思い出した。
「これは素晴らしいものですわね」
使者にナイフを返しつつ、ふんわりと、努めて穏やかに皇女は微笑む。それにつられるように、王弟と公爵派が愛想笑いをした。
「いやまさに、王国はなかなか腕の良い鍛冶師を抱えておられるようですね」
「恐悦至極に存じます」
深々とお辞儀をするマリウス。使者はスゥと目を細めて言った。
「そういえば王国では最近評判の品があるとか」
「ええ、そのような噂を最近頓に耳にしますね。殿下のところまで轟くほどではないですけれど」
「なるほど」
頷きながら、使者が懐に手をやった。念のため警戒するマリウス達の前に差し出されたのは、小ぶりのナイフ。
見たところ、エイゾウの作るものに「そっくり」である。
「来る道すがら、少し市井のものに話を聞いてみると、なかなかに評判が良いようでしたので、1つ買い求めてみたのですよ。評判通りなら、いくらかお譲りいただきたいと思っているのですが。もちろん、有償で」
ニッコリと微笑む帝国の使者。
「なるほど……これは確かに……おや」
ナイフを目にして、眉根を寄せるマリウス。使者も同じように眉根を寄せて言った。
「いかがされました?」
「これは……偽物ですね」
「なんと!」
驚く帝国の使者。しかし、皇女殿下は内心「わざとらしすぎる……」と頭を抱えるのだった。