使者の大根芝居を王弟と公爵派の貴族は見なかったことにしたらしく、何も言わなかった。
「コホン。失礼ですがあらためても?」
「え、ええ、もちろん。どうぞ」
「では」
使者から差し出されたナイフをマリウスは手に取った。言うまでもなく、これも茶番の一幕だ。使者もマリウスもこれが偽物であることは知っている。
マリウスはナイフを矯めつ眇めつしながら、公爵派貴族の様子を窺った。
1人は普通に驚いているようだった。しかし、もう1人は一瞬だが苦々しげな表情をした。どうやら何らかは知っているらしい。少し迂闊だな、とマリウスは思った。
(だけど、彼が主にやっているのか、計画を知らされているだけなのかまではさすがに分からないな)
それに、今の事を理由に問い詰めても公爵には辿り着かないだろう。それくらいは見越して人を寄越しているはずだ、マリウスはそう思った。
内心でだけ、ため息をついて、マリウスは目をナイフに戻す。
以前にも見たことはあるが、正直なところ「よく出来ている」と言わざるを得ないなとマリウスは感心した。
彼の親友たるエイゾウの作ったものと比べて、外観上はほぼ違いはないと言えるだろう。
だが、それでも明らかな違いはあるのだ。エイゾウ曰く「あまり気合いは入れてない」ものであっても。
「実は私も1本持っていましてね」
マリウスはゴソゴソと懐を探ると、ナイフを取り出した。今しがた彼が眺めていたものとそっくりだ。勿論こちらは正真正銘エイゾウ工房のものである。
「ほら、ここのところがおかしいでしょう?」
「……本当ですね」
マリウスが2つを並べ、ナイフの一部を指差し。そこが違うのだと、マリウスが示して、使者はそれに同意した。
勿論これも茶番である。公爵派がいるため、実際の相違点ではなく、関係ないところを示し、使者にはそれに同意して貰っている。
(まぁ、相違点があるのは公爵派も分かっているだろうけど、具体的に教えてやる義理もないからね)
そう内心で独りごち、マリウスは「次」を待つ。
「遺憾ですな」
低く小さい声だが、部屋が空気ごと揺れたかと思うほどの迫力で言ったのは侯爵だ。
「我々が掴まされたならまだしも、帝国の方に王国で流通している偽物を掴ませてしまうとは、これは王家としての沽券にも関わってきますぞ」
そして、ジロリと公爵派の方を見る。2人はビクリと身を縮こまらせた。
「そうですな?」
侯爵にそう言われた2人は言葉もなくブンブンと頭を縦に振った。エイゾウがここに居れば「ヘッドバンギングかと思った」と言いだすかもしれない。
「これは徹底的に調べる必要がありますぞ、ルイ殿下」
「うん、そうだな。それが良さそうだ」
話をどこまで理解しているのか、いまいち分からない空気感で王弟は侯爵に答えた。
「それでは〝私〟のほうで調査を進めて参ります」
「うん、任せた」
公爵派に有無を言わせる隙もなく、侯爵は王弟から言質をとった。これで大手を振って調査に入れる。
それは主流派から公爵派への宣戦布告と同義ではあるのだが。
思いのほか、荒立たずに事が進んだなとマリウスは思った。これなら、皇女殿下にお出まし願うまでもなかったかも知れない。
いや、この人選こそが公爵派の打った手なのだろう。つまり、もうとっくに2人は切り捨てられることがほぼ決まっていた、ということだ。
内心の焦りを隠せない公爵派の様子を見て、マリウスは心の中でそっと彼らに同情するのだった。