「失礼ながら、皇女殿下もよろしいですかな」
「ええ、お任せしますわ」
ふんわりとアンネが微笑んだ。ここだけを見れば、完全に世間知らずのお姫様である。
だが、世間知らずだろうがなんだろうが、王国国王の王弟と、帝国皇帝の皇女が2人して侯爵たちにお墨付きを与えたという事実、そしてそれを公爵派のいる前で行ったことで、調査の上で多少の無茶を通せそうであるのが大事なのだ。
しかし、今回の偽物騒動はここにいる公爵派の片方がやった、ということでカタがつきそうだな、とマリウスは思った。
本格的に調査を進めるまでは確定しないだろうが、多かれ少なかれ公爵派の勢いは弱まる。
それに、調査でバカ正直に「偽物ナイフ」だけを調べてやる必要もない。かこつけて、あれやこれやをマリウスと侯爵は調べるつもりだった。
今でも既にいくつか主流派が疑惑を抱いているものがあるのだ。
まぁ、もののついでで調べてホイホイと怪しいものが出てくるほど、公爵がうっかりしているとは考えにくいが、そのいずれかの端緒だけでも掴めれば十分だと、2人は考えていた。
しばらくの間、ほんの少しだけ指先に刺さった棘のように痛むし気になるだろうが、いずれ除去出来るはずだ、そう信じて。
アンネは内心で大きなため息をついていた。しばらく離れていた「あれこれ」の臭いを嗅ぎ取ったからだ。
その臭いは若干の懐かしさも感じるが、思い出さないに越したことはない。
なんとなく「それら」の臭いが自分に染みついてしまっているような気がして、眉間に皺を寄せそうになるが、〝黒の森〟の家族のことを思い出して、それを耐えた。
このあたりのことをカミロに手紙をやって父親、つまり帝国皇帝に知らせたほうがいいかということがアンネの脳裏を過ったが、必要であれば使者が伝えるだろう。
あれはそれが出来る男のはずだ。……演技はからっきしだったが。
今の自分の「表向き」を出しておこう。内側はあの「家族」のままで。そう思い、アンネはニコニコと一見すると世間知らずのお嬢様の役を演じ続けた。
その後は再び、アンネに言わせれば「どうでもいい話」に終始した。今の彼女は帝国の皇女であって皇女ではない。そんな彼女にとって、帝国と王国の不可侵の密約などはどうでもいい話なのだ。
もしかすると興味があるかもとアンネがエイゾウに話をしたが、いつもの目つきが悪い顔のままで、眉を顰めたり、逆に目を輝かせたりということもなかった。
そして、それはディアナもヘレンも、他の皆も同様だったので、どうやらあの工房の全員がアンネを含めてそういったことには興味がないらしい。
(でも、私の場合は……)
長いような短いような、これまでの時間をアンネは思い返した。あの森にいる間は完全に自分が帝国の皇女であることを忘れられていた気がする。
たまにエイゾウに対して皇女としてのアドバイスをするとき以外は、だが。
しかし、自分の場合はどこかで戻らなければいけないような……。
「じゃあ、公爵派が俺たちに関わっている暇は無さそうなんだな」
そのエイゾウの言葉で、アンネの意識は今現在に引き戻されるのだった。