「ええ、そうね。下手に動いて尻尾を掴まれたくないもの」
「だろうなぁ」
侯爵もマリウスも相手のミスを見逃すようなタイプではない。
「でも、いつまでも手を出してこないとは思えないぜ」
「そうだな」
ヘレンの言葉に俺は頷いた。どうにも俺達を狙っているっぽいことを考えれば、今は一旦保留なだけで、いずれ何かを仕掛けてくることは間違いない。
「家に帰ったらあれこれ準備するか」
「あれよりもっと砦みたいにするんですか?」
リケが笑いながら言った。俺は頷く。
「まぁ、限度はあるけどな。さすがに油を撒いて火をつけるとかは、俺たちがやったらリュイサさんに叱られるだろ。リディにもかな」
俺が言うと、リディはわざとらしく頬を膨らませ、その様子にみんなあまり大きくない笑い声をあげ、リディも微笑んだ。
そこへ、控えめなノックの音が響く。いつの間にかドアの側に近寄っていたサーミャが俺の方をチラッと見たので、俺は頷いた。サーミャの後ろにはこれまたいつの間にかヘレンが控えている。
返事はせずに、サーミャはドアを開けた。ヘレンも剣の柄に手をかけていないので、危険な気配ではないのだろうし、友人宅で用心しすぎかとは思うが、念には念をだ。
ドアの向こうにはボーマンさんがにこやかに立っていた。突然開いたにもかかわらず、全くビックリした様子がないのは流石だな。
「皆様お帰りになりましたよ」
「ありがとうございます。それじゃ、我々もお暇しますね」
「それでは準備いたします」
そう言ってボーマンさんは下がっていった。
「それじゃ俺たちも帰る準備をするか……」
俺が言うと、パラパラと了解の声が上がる。もう大きな声でもいいのだが、なんとなく皆小さな声なのが、どこかおかしみを感じた。
帰る準備を済ませた俺たちは屋敷の外に出る。
「クルル!」
「クルルルルルルル」
ディアナの声に、クルルは駆け寄ってくると、そのまま彼女に頭を擦りつけた。
「お利口さんにしてた?」
「クルルル」
クルルは今度はペロリとディアナの顔を舐め、ディアナがくすぐったそうにする。
「ワンワン!」
「おっ、ルーシーも大人しくしてたみたいだな」
俺のところにルーシーが駆け寄ってきた。思い切り尻尾を振っているので、頭を撫でてやると、その手をベロベロと舐め回される。
なんだかこうされるのも懐かしいような気がしてきて、俺はルーシーの顔を撫でまわすと、ルーシーは、
「ワンワンワン!」
一層尻尾を振って喜ぶ。俺がひとしきり撫でたあとは、リディやヘレンの所へ行って同じ事をしてもらっていた。
俺たちが再会(というほど離れてないが)を喜んでいると、マティスがやってきた。
「2人ともいい子だった」
「だったら良かった。世話をかけたな」
「いい。それじゃ」
相変わらず言葉が少ないやつだが、去り際に凄くいい笑顔をしていたから、どうやらうちの娘達はマティスに気に入られたようだ。
これなら次来た時にも快く面倒を見てくれるに違いない。気に入らなかったからといって手を抜くようなやつではないが、仕事は楽しくできるに越したことはないからな。
「よーし、それじゃ帰るぞ!」
『おー!』
「クルルルル」「ワンワン!」
さてさて、ひとまずは無事に家に帰れるよう、道行きをお天道様にでも祈っておこう。